第一章 5 feat.レトリック

5

 ──痛い。


 なにかに蝕まれているように痛い。

 しかし、どこが痛いかはわからない。まるでこの身体が自分のものではなくて、痛みだけがダイレクトに脳に響いてくるようだ。

 そもそも、今自分はどこにいる?こうして考えることは出来るのだから、意識はあるんだろう。意識はあるが、五感がはっきりしないらしい。何も見えないし、何も聞こえない。


『どうしたの?ニム?』


 頭の中で声が聞こえる。相変わらず周りは無音なのに、頭の中に直接届いてくる。

 聞き慣れた声に、聞き慣れた呼び名。いるはずのない、大切な人。


 どこにいるの。


「……!」


「ようやく起きた?」


「……ここは?」


「私が借りてる宿屋。偶然にも、あなたが営んでるっていう店の隣だったみたい」


 僕はとっさに全身を確認した。


「どこも痛くない……」


「は?当たり前でしょ?右腕は治したし、悪いところは無いはずよ」


「右腕……」


 右腕を注意深く確認してみても、おかしなところはなにひとつない。


「じゃあ……さっきのあの感覚は……そうだ!」


 僕はつい数分前に聞こえていた声を思い出し、周囲に声の主がいないか探す。


 よく掃除されているのがわかるほど綺麗な床。見ているだけで人の心を落ち着かせるように配置された数々の調度品。そして自分が今寝ているのが白を基調に丁寧に仕立てあげられたキングベッド。


 この女……僕の店の隣って言ったか?

 つまりそれはあの割とお高めの宿屋「ロンド」なわけだが……一部屋借りるだけでも結構するというのに、この女まさかスイートルームを借りてるのか……?


 そんなことを考えながら辺りを見回してみたが、あの声の主はいなかった。


「なんだったんだ……あれは……」


「ちょっと、さっきからなに?急に叫ぶわ人の部屋をジロジロ見るわ」


「ご、ごめん……あれ?僕はなんで君の部屋にいるんだ?」


「なに?記憶喪失?やめてよねそういうの。あんた街に着いた瞬間に倒れたんじゃない」


 た、倒れただと……?


「き、記憶にございません……」


「まぁいいわ。それでその時に近くにいたから、今私が泊まってる宿屋まで連れてきたの。おわかり?」


「なんで倒れんだろう……」


「さぁ?魔力の枯渇とかじゃないの?魔術を初めて使う人とか結構なったりするし」


「ち、ちなみにその魔術とかって魔法となにがちが……」


「そんなことより!なんかあんたのことを待ってる人がさっきからうるさいの!どうにかしてよ」


待ってる人……?そんな人を待たせている覚えは無いはずだが……。


「なんか探偵へ依頼がどうとか…なに?あんた探偵なんてやってるの?」


依頼!?今まで音沙汰も無かったのに……。


とりあえず僕は、あまり現状を把握し切れていない状況で、その依頼主の元へと向かうのだった……。

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