第一章 4 feat.はるさめ

4

「え……なんで……」

 僕には何が起きたのか全く理解出来なかった。

 誰かが助けてくれたんじゃないか、そう思って周りを見渡すが誰もいない。

「いったい何が起きたんだ……」

 気が緩んで座り込んでいる僕は立とうと右手をついた。

 否、つこうとした。

 だが、右手に地面を触った感触はなく、立つことはおろかそのまま地面に倒れてしまった。

「……!?」

 なぜ立てないんだろう、そう思って右肩から下を見てみると──右腕が無かった。

「え……ど、どうして……」

 何度触ろうとしても左手は空を切るだけ。

 回復魔法をどれだけかけても生えてこない。

 僕はそのショックで仰向けに倒れ込んだ。

「は……ははっ……あははは……」

 パンを販売するのはかなり大変なようだ。


「あら、誰かと思えばかの有名な勇者さんじゃない」

 しばらく仰向けになっていると頭の方から声が聞こえた。

 僕は声がした方を見てみると、身長150センチ程の女の子がいた。

 女の子と言っても、歳は20歳前後に見える。

 多分僕と歳が近いのだろう。流行りのシャツにパンツ、髪型をさりげなく取り入れている。

 金髪に近い髪は左右少しつまんだ程度の髪量で三つ編みし、後ろで結ばれており、空のような鮮やかな蒼い瞳が僕を捉えている。

 シャツは片端が結ばれていて、いかにも夏って感じだ。

 そんな彼女に見とれていると、何故か不機嫌そうに言った。

「な、なによっ!?わたしの顔に何か付いてるの!?」

「ああ、いや別に何も……」

 そんなに僕に見られるのが嫌だったか……。

 少し落ちこんでしまう。

「ていうかなによ、その怪我!?は、早く治さないと……」

 彼女の言う"怪我"とは、右腕のことだろう。

「心配ありがたいが、多分何をやっても無駄だ。さっき試した」

 気遣いに感謝しながらそう言ったのだが、彼女は

「いいからじっとして!」

 と言うばかりだ。

 何か方法でもあるのだろうか。

 この怪我は一流の魔術師でも完璧に治すのは難しいと言われている。

「‟掌握せし千里の眼ビュー・フル・オブ・レポノ”」

 聞きなれない発音──。

 恐らく魔法でもスキルでもない──。

「魔術よ」

 彼女が代弁してくれた。

「今のはあなたの過去を見たの。どうして右腕がこうなったのかを知るためにね」

「そんなことが出来るのか!?」

 魔術、恐るべし。

「ええ。どうやら、あなたの右腕はこのパンの木を倒した時に消滅したらしいわ」

「え!?」

 意味がわからなかった。

 僕が、このパンの木を、倒した?いつ?どうやって?

「え、自分でもどうやって倒したのか分からないの!?」

「あ、ああ……」

 仕方ないだろ……目瞑ってたんだし。

「ま、いいわ。簡単に説明すると、あなたは魔術わ使ったの。それも上位のものを無詠唱で。その魔術の名は‟世界の果ての破壊者ビンチェリ・ホステム・デクストラ・コンペンサトリー”。普通ならこんなことできないわ」

 え!?なになに!?僕ってそんなにすごいの!?

「それで、右手がなくなったのもこの魔術のせいだと」

「ええ」

 強いけど何かを代償にしないといけない系のものなのか。

「ところで、この右腕を代償にする魔術はどんな感じで相手を攻撃するんだ?」

 あの威勢のいいパンの木をワンパンするんだ。

 どのように攻撃するのか僕はとても興味があった。

「そうね……。敵単体の攻撃なんだけど呪文を唱えると、まず右腕が砂のように粉々になるの。そして、それらがどんどん集まって、最終的には巨大な剣になるわ。大きさはまちまちだけど、そうね……あなたくらいの腕なら1mほどかしら。でも、過去の記憶を見た限りでは3mほどだったわね……。こんなに大きいものに変える人はそうそういないわ……」

「3m!?」

 こんな細い腕から3mの剣が出来上がるなんて予想もつかない。

「もちろん、大きさに関係するのは腕の太さだけではないわよ」

 まるで僕の考えていることを見透かしたように言い放つ女魔術師。

「じゃあ、他に何が関係するんだ?」

「魔力よ。その人が持っている、あるいは内に秘めた魔力。少なければ少ないほど剣は小さく、多ければ多いほど剣は大きくなる」

 僕はそれを聞いて理解したが、すぐに疑問が湧いてくる。

「でも、僕は剣士だから、魔力はかなり少ないはずなんだけど……」

「そうね……。私もそれはすごい疑問に思っていることなの。あなた、魔力増幅魔法とかって知ってる?」

「いや……」

 魔法は簡単なものなら使えないこともないが、そんな魔法は使うどころか、聞いたことすらない。

「もしかして家系が関係してるのかも……」

「ん??どうしたんだ」

「あ、いえ。あなたの家系は?」

 どうしてそんなことを聞くのだろう。

 疑問に思いつつも彼女の質問に答える。

「僕の家は両親共に剣士だ」

「やっぱり……そうだったのね」

 なんだなんだ??どうしたんだ??

 彼女は、これまでの会話を忘れたかのように急に話題を変えた。

「あなたは剣技は強いけど魔術はまだ全然制御できてない。また無意識に右腕が吹っ飛ぶのはいやでしょ?」

「そりゃもちろん」

「それじゃ、私と一緒に街まで来て。右腕は治してあげるから」

「わかった」

 すると、女魔術師はポーチから木の枝のようなものを取り出した。

「それは??」

「杖よ。ものによって性能は変わるけど、大抵のものは所持者の魔力を増幅させるの。わたしはまだ魔術師になりたてで魔力増幅魔法を十分に使えないから持ち歩いてるの。まあ、一流の魔術師でも持ち歩いて使う人もいるんだけどね」

そんな便利なものがこの世界にもあるのか……。

魔法を使うのも大変な僕は是非手に入れたいと思った。

「‟万物の精よ、己の傷を癒せウトラム・オムニア・インスタウラボ・レラム”」

 杖に夢中になっている僕を他所に、女魔術師は右腕を元通りにしてくれた。

「ありがと。……えっと……名前は……」

「シャルよ。ところであなたは?」

「僕はニグルム」

「ふぅん。変な名前ね」

 なんだ、こいつ。

「まあ、ありがとな、シャル」

 若干不愉快になりつつも、僕は改めて礼を言った。

「な、なによっ!?べ、別にそんなこと言われても嬉しくないんだからね!ほら、さっさと行くわよ!」

 素直じゃねーな……。


 こんな出会いもいいかもな。

 僕はシャルに置いていかれないよう、小走りでついて行った。

 もちろん、両腕に大量のパンが入った袋を抱えて。

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