春ー浅加結③

「結、これあげる」

突然目の前に差し出された紙パックのりんごジュースに首をかしげると、友人はにっこりと眩しいばかりの笑みを浮かべた。

「色々相談乗ってもらったからさ。お礼」

「あぁ、なるほど。別に気にしなくていいのに」

入学してもうすぐ二ヶ月。高校生活にも少しずつ慣れてきた頃、私は中学からの友人の口コミでちょっとした恋愛アドバイザーのようなことを頼まれることが増えた。

「あたしたちが上手くいったのは、結のお陰だもん。貰っておいてよ」

そういってずいずいとパックを押し付けてくる彼女もまた、先日私が相談に乗ったのだが、どうやら告白に成功したらしい。

「私は特にこれといって何もしてないよ」

実際、視えていたものが好感触だったので想いを伝えるのも悪くないはずだと助言しただけだ。

「いいから!あたしの気持ちだと思って」

ね?とこちらを伺うように覗き込んでくる友人に押し切られ、ジュースを受け取る。

「じゃあ、貰っとくね?ありがと」

去り際の背中にお幸せにと声をかける。その声に振り返って照れ臭そうに笑う彼女は綺麗だ。

恋をすると女の子は可愛くなる。

「浅加さん」

私もそろそろ教室を出ようかと鞄を持つと、後ろから声がかかる。

振り返ると、ちょっと顔がいいなんて形容では足りないほどに端正な顔立ちをした美少年がいた。

「終わった?」

ぱしぱしと重そうな長い睫毛を瞬かせこちらを見ている彼は、立っているだけで何かの絵画のようにもみえる。

「……江西田くん。待っててくれたの?」

別に、と少し顔を逸らした彼は同じクラスの江西田えにしだそう

「ファイルの中の整理してたから、そのついで」

「そっか、ありがとう。じゃあ部室行こうか」

びっくりするくらい綺麗な顔をしている江西田くんは私と同じ歴史研究会の新入部員。とはいっても、新しく入ったのは私たち二人だけであるため、活動は三年生の先輩二人と合わせて四人だけの小規模なもの。

なんでも部員数を誤魔化すために名前貸しをしてくれている幽霊部員が何人かいるらしいが、私たちは出会ったことがない。

「また恋愛相談?」

歩きながら私の手の中の紙パックをみて尋ねてくる江西田くんの声は気だるげだ。

「断る理由もないからね」

「……浅加さんは物好きだね」

と少し呆れたような表情を浮かべてみせた彼はそのまま私から視線を逸らした。だけどその声は優しく、彼なりに私を案じてくれているらしいことがわかった。

隣を歩く江西田くんの顔は彫りの深さがよくわかってまるで西洋の彫刻か何かのようだ。

「心配しなくても、私は自分のできることしか引き受けないから大丈夫だよ」

「どうかな?浅加さんて、結構鈍臭いから」

僅かに上がった口角は、表情の乏しい彼なりの笑顔だ。

難易度の高い間違い探しのような変化だったけれど、二ヶ月間たっぷりかけて観察してきた私にはわかる。

しかも、多分ちょっと馬鹿にされているということまでわかる。

「酷い、傷ついた。もし江西田くんに好きな人ができたって、アドバイスしてあげないからね」

「別に乗ってもらう予定ないから」

部室前で泣き真似をする私を置いて江西田くんがドアを開ける。

「こんにちは」

「おー、二人ともお疲れ」

江西田くんの挨拶に、中にいた牧原先輩の声が返ってきた。

爽やかに笑う先輩の周りを舞う彼の糸は今日も大層美しい。

「七瀬先輩は?」

「もうすぐ来ると思うけど」

江西田くんと牧原先輩がそんな話をしていると、私たちが先ほど入って来たドアが再び開いた。

「ごめんなさい、また遅くなっちゃったわね」

苦笑いしながら入ってきたその人の姿が現れた瞬間、牧原先輩の糸が部室中に広がる。

「由香里先輩、お疲れ様です」

ドアの一番近くにいた私が振り返り挨拶をすると、彼女はふわりと柔らかく微笑んだ。

「こんにちは、結ちゃん」

白く細い手を私の頭に乗せ、ぽんぽんと優しく撫でてくれた由香里先輩は、彼女の周りに舞う糸に気づくことなく牧原先輩に話しかける。

「紬が先週言ってた資料、届いてるって」

「お、ありがとな」

何気ない会話だったけれど、糸はまるでパレードか何かのように幻想的な輝きを放っている。私にしか視えないのが勿体無いほどだ。

「浅加さん、どうかした?」

ぼんやりしていたらしい私を気遣わしげに見つめて来る江西田くんになんでもないと返し曖昧に笑う。

視界の隅で、楽しげに話す先輩方とその間をふよふよと彷徨う糸の先端部が目に入った。こんなに綺麗な恋なのに、先輩たちに幸せに笑っていて欲しいのに、糸は今日も繋がらない。

牧原先輩と由香里先輩の大好きな笑顔を眺めながら、今日も私は願うのだ。


あなたのが、どうかいつか実を結びますように。

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