秋ー江西田奏

「好きです。付き合ってください」

そわそわと何か言いたげに此方を見ては頬を赤らめて顔を伏せることを繰り返していた相手がそう切り出してきたのは、僕が彼女を置いてもう帰ろうかと考え出してから数分後のことだった。

二学期も半ばになり、風が少しずつ冷たくなってきたこの季節にわざわざ人を校舎裏に呼び出しておいてやはり要件はそれだけかと嘆息しそうになる。

これまでも何度か同じようなことがあったので呼び出された時点でなんとなくは予想をしていたものの、どのような反応をするのが正解なのか未だにわからない。

どう答えたものかと考えあぐねている僕に、少し離れたところに立っていた彼女の友人らしき女子が声をかけてきた。

「この子、委員会の当番のときに江西田くんが手伝ってくれてからずっと好きだったんだよ」

何も言わない僕を少し責めるような口調のその子の言葉に、なんだか頭が痛くなってくる。

これまでの僕の経験上、友達の告白に立ち会って余計な茶々を入れてくる女子は面倒な女ランキング上位にランクインする。そんな人に対して火に油を注ぐような発言はご法度だ。

「ごめん。今は恋愛とかするつもりないんだ」

江西田くんは顔がいいんだから適当に優しく微笑みながら謝っとけばいいように解釈してくれるよ。と僕がお裾分けした芋けんぴを満足げに齧っていた友人のアドバイス通りにして相手の出方を窺うと、僕を好きだといった方の女子が「アヤちゃん、もういいの」と困った顔で首を振った。

「ごめんね、江西田くん。来てくれてありがとう」

この子がどうしてこんな風に泣きそうな顔をしているのか、僕にはよくわからなかった。

そのまま部室へ向かうと、先に来ていた友人–––浅加結が僕を見てにやにやと顔を上げた。

「遅かったね、色男くん」

「遅れたのは謝るからその呼び方はやめてくれないかな、浅加さん」

下世話な感情を隠しもせずこちらを見ている友人は、僕から先ほど呼び出されていた件についての話を聞きたいらしく椅子を勧めてくる。

鈍臭そうな見た目とは裏腹に、優秀な恋愛アドバイザーとして女子の信頼を勝ち得ている彼女に助言を求めてみるのも悪くないかと思いそのままのことを話せば浅加さんはまたもや大袈裟にため息を吐いた。

「江西田くんは相変わらず女心がわかってないねぇ」

失恋したんだから泣きそうなのは当たり前でしょ、と呆れたように僕を見る彼女はわざとらしく咳払いをしたのち続ける。

「いい?恋っていうのは一大事なんだよ。江西田くんにとっての“そんなこと”も、その子からすれば一世一代の告白なの」

そういうものかと呟いた僕に、そういうものだよと返した浅加さんは、いつもよりちょっとだけ大人に見えた。

「誰かを好きになるってね、幸せなことだよ」

そんな友人の言葉に、夏に先輩から聞いた話を思い出す。あの人も、幸せだからあんな風に笑っていたのだろうか。

「あの子に、悪いことしたかな」

と聞けば、浅加さんはちょっと考えてから真面目な顔をした。

「本当に悪いことはね、人の想いを弄ぶことだと思うよ」

弄ばれた糸は、絡まった末に消えちゃうから。とよくわからないことを呟いた彼女に何と言ったのかと聞き返せば、真面目な顔を崩してくしゃりと笑ってみせる。

「大丈夫。江西田くんの恋は、きっととっても綺麗だから」

今度も彼女が何を言っているのかはわからなかったけれど、目の前の友人がとても満足げだったので、何も言わないでおく。

すっかりオレンジ色に染まった太陽の光が、秋の夕暮れの一コマを彩っていた。

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