夏ー牧原紬②


由香里と浅加さんを待っている間何もしないわけにもいかず、野郎二人で作業に取り掛かる。今作っているものは秋の総合文化祭の展示分で、俺たち三年にとっては引退制作となるわけだ。

我々歴史研究会は毎年伝統として城や街のジオラマを作り、それに関しての研究を模造紙に纏めたものを展示物として提出する。引退制作というだけあって、毎年熱が入りなかなかのクオリティのものが出されるらしい。かくいう俺たちも例に漏れず毎日遅くまで作業をして教師に帰るよう促されることもしばしば。

それでも由香里は「先輩たちが繋いできたものだもの。わたしたちも次に繋ぎたいじゃない」といって笑いながら手を動かすのだ。

部室で山積みになっているダンボールの中には歴代の先輩方の青春を詰め込んだジオラマたちが眠っている。俺たちの青春も、展示会が終わればここで箱詰めの仲間入りをするのだと思うと寂しくはあったが、同時に自分の歴史もここに残るのだと誇らしくもあった。

俺も江西田も自分から喋る方ではないため、暫し無言が満ちた空間でそれぞれの作業に没頭する。屋根瓦を一枚作り上げ設計図と見比べていると、ふと江西田から視線を感じた。

「どうした、何かわからないか?」

実際、頭の回転が速く手先も器用なこの後輩からそんな可愛げのある質問が飛んでくるとは思っていない。案の定江西田は俺の問いかけに首を横に振ったが、その後何か言いにくそうに口籠もった。

さて、困ったことに俺にはこいつが何を言いたいのか全く見当がつかない。どうしたものかと考えていると、覚悟を決めたらしい江西田が先に口を開いた。

「……先輩は、どうして七瀬先輩を好きになったんですか」


突然の爆弾投下に、一瞬思考が停止する。まさかこいつの口から恋愛の類いの話が出てくるなどとは思ってもみなかった。ましてそれが俺の恋慕についてだなんて、誰が予想できるものか。

とんでもない奇襲を仕掛けてくれた江西田は涼しい顔のまま俺の返答を待っている。

「なんで」

動揺を隠しきれず声を震わせる俺に、江西田は不思議そうに首を傾げた。

「浅加さんの友達の話を横で聞いてて、人を好きになるってどんなものか興味を持ったので」

なんとなく、そういうのってやっぱり身近な人に聞いてみるのがいいのかなぁと思って。などとサラリと応える後輩に末恐ろしいものを感じる。同時に、“なんとなく”で人に爆弾を投げつけてくるような感性を持つ相手に対して白旗をあげるしかないと悟った俺は嘆息した。

誰にもいうなよ、というお決まりの前置きをしつつ、手慰みにもう一つ瓦を作り始める。設計図通りなら、これが最後の一枚だ。

「……別に、特に明確な理由なんてないよ。気づいたら好きだった」

柄にもなく小っ恥ずかしいことを言ってしまったと一人赤くなる俺に、城壁づくりの続きに取り掛かりながら「きっかけとかはないんですか」と追撃する江西田の顔色は変わらない。遠慮も配慮もない後輩は、きっと全て話すまで解放してくれないのだろう。

出会って数ヶ月の付き合いだが、頑固なこいつの口は堅い。再び諦めた方が早いと悟った俺は全部白状することにした。

「俺、二年の梅雨くらいまで陸上部だったんだよ」

俺の言葉に、江西田が驚いたのがわかった。それまでの無表情が崩れ去り、目を丸くしてぽかんと口を開けた顔はいつもより幼く見える。その間の抜けた表情を見て、少しだけ溜飲が下がった。

「でも、怪我で辞めなきゃいけなくなってさ。すげー落ち込んでた時に、由香里が歴史研究会に入らないかって誘ってくれたんだよ」

すぐに切り替えるなんて出来るわけないけど、もし気持ちの整理がついたら、次に夢中になれるものを探してもいいと思うの。だって高校生活はまだ半分もあるんだもの。

そういって呑気に笑う彼女はそのときまだ、隣の席のちょっと変わった女の子だった。

「好きになったのはその後。怪我が治ってここに正式に入部して、ジオラマ作ってるときにふと、好きだなって思った」

我ながら笑ってしまうほど単純でありがちなきっかけだ。作りかけの城壁の向こうで聞いている後輩も笑ってるんじゃないかと思って覗き込んでやると、思いの外真面目な顔をした江西田と視線がかち合う。

「絶対、誰にも言いません」

それから、ありがとうございました。

なんて今更申し訳なさそうな顔でいうものだからつい吹き出してしまう。

「なんで笑うんですか」

怪訝そうな顔をする可愛い後輩の額にデコピンを入れて更に笑ってやると、奴は一層ぶすくれた表情になる。

「男と男の秘密な」と、クサいことをいって締めくくったタイミングで、丁度ドアが開く。

「ただいま戻りました」

「あら、二人して何してるの」

黒いファイル片手に戻ってきた浅加さんと由香里は、向かい合っている俺たちを不思議そうに見ている。なんと言って誤魔化そうか考えていると、今度もまた江西田が先に口を開く。

「……男と男の秘密、なので」

言ってから少し恥ずかしくなったのか、赤くなった江西田の頭をくしゃっと撫でて作業に戻る。可愛い奴め。


ジオラマの完成まであと少し。俺たちの最後の夏が終わっていく。

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