婚嫁と因縁
この静かな
法令は、名分として
だから最も優れた王者とは、高い実力と象徴性を兼ね備えた人物である。しかし王の子に生まれさえすれば、誰もが立派な王になれるというものではない。血統は象徴としての資格を与えるが、政治家としての能力を保証してはくれない。政治の才能に欠けていることが、血統の貴さを台なしにしてしまうこともある。そこで王が資質不十分であるときのためには、昔からいろいろな担ぎ方が考え出された。泊瀬部王の場合には、政治そのものから離れてもらうことである。
王位継承の権利を持つ者である限り、たとえ政治的無能者でも王として担がなければならぬ。
――だが、いつまで?
とも、馬子は思う。各地への伽藍の建築、法師の招聘、出家者の育成、貴族の子弟への教育――などなど、やりたいことは山積している。もっと速く、もっと急げ。そういう焦りが胸のうちにはある。
――もし……、もしものことがあれば?
馬子の思案は、次の王位継承者へと飛躍する。秀才として期待された
泊瀬部も、頭が政治向きではないというだけで、決して馬鹿というわけではない。自分がどう見られているのかは分かっている。政治の才能がないのは生まれつきだから諦めるとして、象徴として少しでも立派になるためにはどうすれば良いか。それは妃を多く持つことだ。
祖父の
泊瀬部は、もともと王位に即くことなど考えていなかった。だから妃は、
しかし王になってしまうと不自由なもので、身一つで嫁探しに行くことなど許されない。泊瀬部は方々へ使者をやって妃にふさわしい女性を探させた。もちろん蘇我氏もその中に含まれる。泊瀬部自身が母から蘇我の血を受けているし、今や唯一の大貴族となった馬子との結びつきをより強くして、身の安全を図らなければならないという気がするのである。
馬子は、王からの申し入れにどう対応するか迷った。馬子には、
泊瀬部は、再三通婚を請うた。馬子は、河上娘の病気を理由として辞退し、代わりに、
「
と提案した。何ということだろうか。泊瀬部はムッとした。昔から王者が貴族の女性を求めるのは、その父親と一族の力を得んがためである。それが没落した物部の、失脚した
馬子は、河上娘を納れられないことの詫びとして、王に仏像や香炉、白檀の香、それに
泊瀬部は、布都媛を納れた。物部の
時はいつのまにか、泊瀬部王の治世第五年を迎えていた。
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