花の散りぎわ
「兄の
「この矢は穴穂部の命の形代だ。一つたりとも外すことは許されん」
万が弓を構えて、鏃をぎらと輝かせる。樹上の人物も守屋を睨んで眼を光らせる。
「いたな、誰が謀反を企んだのか知っているぞ」
という
「やれ!」
と合図をする。緑ばかりの海石榴の枝に、ぱっと血の花が咲いて、はらりと落ちた。その様子を
守屋は衆を率いて
その儀式の前に、王は数ヶ月にわたって潔斎をしなければならない。儀式そのものも体に負担を強いる。病弱な
新嘗の宮は、磐余の河上の野に設営された。庭には群臣が参列するが、本儀は奥の殿中で秘かに行われ、王室の祭儀に関与する権能を持った限られた者の他は、誰も見ることは許されない。物部氏の長者が、王と祖霊の間を媒介する役目を負うしきたりである。
まず守屋とその配下の神官数名が奥に入り、橘王と近習の宮人数名が呼び入れられる。太陽はまだ低い。朝臣たちは、各々が属する氏族の格に従って庭に整列し、しばし漏れ伝う音を聞くばかりの退屈な午前である。
日が
雲が山を越えて至り、黒く垂れ込めて昼夜の境を曖昧にする。
「新嘗の宮で、粟と稲を摂ったが、それがまだ胸にわだかまっている」
王はみぞおちの辺りをさすると、あさっての方向に目配せをしてみせる。
「あれは、少しも効かぬぞ」
外では、守屋が指揮を執って病気平癒の祈祷を行っている。王は、馬子の顔を間近く観た。
「予も仏の
王は守屋に祈祷の中止を命じた。守屋はしぶしぶ祭壇を片付けさせると、鼻柱に固い皺を寄せながら、奥の庭から朝堂へ入る。すると表の門から、けさとかいうけったいな服を着た、禿げ頭の
守屋は幾重にも厭な気持ちになって、早く家に帰ろうかと思ったが、ふと気付くと、二、三の宮人が、守屋を見て何かひそひそと話しをしている。その方をきっと睨むと、目をそらして知らぬそぶりをする。朝堂を見回すと、他にもそんな手合いがいくらかいる。柱に身を寄せて耳をそばだてていると、毒がどうの、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます