海石榴市の宮へ
広瀬に設営された亡き
馬子が座敷に上がっていくと、
「
と炊屋姫の方から切り出す。馬子がこの問題をどう処理するつもりなのかも察しているのだ。
(誰よりも頭の切れる人だ)
と馬子は思う。それと同時に、もし自分の考えがこの姪の予想と違っていたら、という恐れも抱く。しかしまた必ず一致しているという自信も持っている。ただ馬子には、一つ懸念があった。あの
「逆も君主の恩に応えるために死ねるなら、命を惜しみはしますまい」
馬子の問いを待たずに、炊屋姫はそう言った。そこで馬子は氷田を
「つい先ほどまでは王の
との答えがある。だがどうもいつの間にやらお帰りになったらしい、という。人を入れて探させてはみたものの、確かに見当たらない。さてはこちらの動きを知って逃げたか、しまったな、
(どうもつまらないことになったぞ!)
と守屋は舌打ちをした。守屋には逆など問題ではない。しかしまあ、
逆は、その夜、氷田に伴われ、人目を忍んで、
「やあ、ありがたい。三輪山を眺めながら末期の酒が呑めるわい」
氷田はわずかばかりの飯と酒を並べる。
「三輪どの、よろしいか」
逆は杯を取って氷田の酌を受ける。この忠臣は、どのみち他田王に殉死するつもりだったらしい、と氷田は感じ取る。
「かたじけないのう。太后さまと蘇我どのにもよろしく伝えて下され」
逆は多くを語らず、ただ一杯の酒を飲み干した。
翌朝、本陣で待つ守屋のもとに、探索方からの報せが届いた。明け方、三輪君の
(どうも嘘くさい名前だな)
と守屋は訝った。白堤、横山などいうのは、たしか三輪の所領の小さい
「汝、行って逆を討て。おれも後から行くぞ」
と守屋に命じた。守屋はさっそく兵を率いて発つ。穴穂部も戦の装いを整えて、門を出ようとすると、そこへ馬子が馳せてきた。馬子はこの血気盛んな王子を、守屋からはできるだけ離しておきたい。
「王子ともあろうお方が、罪人に近づくなど忌むべきことです。自らおいでになることもありますまい」
と馬子は諫めた。穴穂部はそれを聴かず、そこをどけよと押して通る。
海石榴市へ向かって、
「代わりに弟を往かせるぞ。それなら良かろう」
と言って、ここで待つことにした。そして自分の甲冑と弓矢を泊瀬部に帯びさせて、海石榴市の宮へと送り出したのだった。
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