殯の宮の策謀
年が明けて、春が過ぎるころには、
守屋の膚には、瘡の痕が醜い
(さては、病気でどこかおかしくしたかな)
と馬子は思った。その一方で馬子には、一つの瘡の痕もなかった。守屋は、
(やっぱり仮病だったな、腐れ
いつか射落とされた雀のようにしてやるぞと、胸の内をカッと燃え上がらせた。しかしまだ、今は手を出す時ではない。妃を出している蘇我氏と違って、物部氏は王族との間に血のつながりがない。そもそも今の王室は、
守屋は、殯の宮に参列した王族の面々を物色した。だれか手を結べる人はないか。橘王の即位の仕方を、典例に合わないものとして内心では不服としている者は少なくなかろうが、旗頭として王室の人物がついてくれなければ、結集し行動するということにはなりにくい。
(やはり、
と守屋は目を付けた。だがその時に守屋が視て、穴穂部王子だと思ったのは、弟の
「
と穴穂部が呼ぶと、
「コンカドハ、シャンムリアカランタイ」
「ダルモトオスナカテ、
と数人の衛兵が、櫓の上や下から答える。
「このおれを穴穂部王子と知ってか。この門を開けよ!」
と穴穂部は何度か叱りつけても、
「コイツァ、セカラシカミコサマジャ」
「オンナジコツバッカ、ヒチクドカバイ」
「アタ、ハヨカエリナッセ」
などと言って意に介さない。穴穂部は意気をそがれた思いがした。忌々しいが球磨の訛りなどはほとんど意味が分からないし、聞くのも耳に穢らわしい。ここは別の手を執ろうか。
「うぬらは、誰の手勢であるか」
と最後に穴穂部は問うた。
「オイタチ、ミワノキミドンガ
と答えを聞いて、穴穂部はこの衛兵たちが、
「逆はどこだ。あれは謀叛でも企んでおるのではないか。やつの手の者がおれに無礼を働く。姉上に弔いを申し上げようとしたのに、門を開けよと七度呼んでも応えんのだ。そうならやつめを斬らねばならぬぞ」
馬子は逆の居場所を告げる。その時に、守屋の頭を悪い考えがかすめた。王子が逆を謀反人だとするからには討つべきだが、逆が王宮にこもって抵抗し、互いに弓を構える事態になったらどうだ。そうなれば流れ矢が誰に
「はっ、仰せのままに」
と守屋はただちに答えて、兵の手配をするために出て行った。馬子も王子の前で敢えて異は唱えない。しかし、わがままな王子の腹いせで、王宮に兵を向けるなどとは穏やかでない。馬子は、
氷田が、
「蘇我の大臣がお通りになるぞ」
と呼ばえば、門兵は、
「大臣ドンノオナリ!」
と応えて、すぐに門を開けた。
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