少女遭遇日記
街宮聖羅
堤防の少女
僕の趣味は散歩。
今日も短い脚を一歩一歩踏みしめていく。
自分の脚が胴体より短いのは気のせいであって欲しいと願っているが、願うだけで足が伸びたりしない。というか、成長期終わったし。
さらに言えば身長だって高くないから、余計に足が短い。
本日は上を見上げれば青い空しかない晴天。梅雨前線が静かに消えていき、新たな季節が本格的に始まろうとしている
海岸沿いから眺められる瀬戸内の景色を海に落ち行く夕陽と共に見られる贅沢。
潮風は心地よく、自然のエネルギーを浴びさせてくれる。
海沿いの公園には古き良き雰囲気を醸し出す遊具たちが。
塗装が剥がれ、役目を終えているようなたたずまいに哀愁を感じる。
その子たちが遊ばれる日というのはもうないのかもしれない。
ずっと見ていれば見ているほど、見て見ぬふりしかできない僕の無力さを感じる。
廃公園を去り、僕はまた道なりに沿って歩いてゆく。
しばらく歩いたら、僕のお気に入りスポットが見えてきた。お気に入りと言っても、一カ月に一度しか来ない暇を潰すための場所。
それと同時に、全ての悩みを海の向こうからの風が吹き飛ばしてる気分転換の地。
日々の嫌なこと、思い出したくないこと、追い詰められる苦しさ。
全てをここで忘れさせてくれている場所がやはり好きだ。
僕のお気に入りの場所の付近には港がある。小さな漁港だが、毎朝五時から競りが行われている活気あふれる港。
昼間にその面影は見えないものの普段使っている漁船の一つ一つが「今日も走ったよ」って問いかけてくるように僕を見つめてくる。
「そうか、いつもおいしい魚をありがとう」ってよく僕も返している。
彼らが毎日働いているから、毎日の食卓に新鮮な魚が並べられる。
この小さな幸せに感謝することが当たり前になることが僕のささやかな願い。
歩き始めてから二十分弱。
本日のお散歩コースの折り返し地点へと到着する。
その場所からは先ほどの港が見え、港に入港してくる船も監視できる場所。
入り江の入り口と言うべきこのコンクリートの長い道。
そう、それはどこの沿岸部の町にも常設されているであろう「堤防」である。
僕が何故好きなのかというと……いや、ちょっと甘い味を堪能してしまうのでここでは言わないでおこう。
とにかくここは思い出が詰まっている、僕にとっては大切な場所。
そして、汚されることのない僕の聖域。
だが、僕とは違う理由で訪れる人だっている。
僕がいつも座り、景色を眺める場所がある。そこは一生心に残る思い出の地であり、一番の心の安らぎ場。
堤防の先端であるそこは丁度テトラポットがない地点であり、唯一足を海の上にぶら下げることができる特等席。
その開放感が何とも言えない清々しいもので、すべてを解き放てるような……。
太陽の光が海に反射し、いつもの濃い緑色をした海洋を真っ青に染めてくれる。
運が良ければ沖縄の海をも凌駕する青さを僕たちに見せてくれる。
日差しは暑いが、涼しい風が大きな扇風機変わりとなってくれるのでまだ過ごしやすい。風がない日は地獄でしかないが。
そんな僕だけのプレミアムシートに本日は先客がいたようだ。座っているのはショートヘアーの女の子。風に髪をなびかせながら、海の方を眺めて座っている。学校帰りなのだろう、夏休みだというのに制服を着ている。
彼女のその大人びた顔は私服でいれば間違いなく大人と間違われてもおかしくない。さらに言えば、座っていてもわかるスタイルの良さ。
僕には分からないがその容姿からするに、所謂クラスのマドンナ的存在なのだろうか。
彼女の後ろに置かれているバッグにはキーホルダーの一つもなく、優等生のような雰囲気を漂わせている。
あくまで予測だから、本当なのかは分からない。
しかし、少し気になることがあるのだ。
先ほどから彼女の目に光り輝いて太陽に反射する透明な粒が見えるのだ。まだ、流れてはいない。けれど、今にも零れ落ちてしまいそう。
気になった僕はある程度のコミュニケーション能力が備わっているので勇気を振り絞って尋ねてみた。
「あ、あのーー。何かあったんですか?」
初対面の人に話しかける第一声ではないだろう。しかし、これ以上の言葉が脳内に浮かばなかった。
すると彼女は僕の存在に気付いたらしく振り返る。先ほどの質問を聞いていたようだが、彼女はふんわり返してきた。
「いや、特にはありませんけど」
中々辛辣な返し方だった。
女の子に耐性がない僕としてはかなり厳しいお言葉。でも、その煌めく水滴の謎を聞かずにはいられなかったので。
「何で泣いてるんですか!」
四番打者に直球ストレートで勝負するみたいに放った一言。
しまった!っと、心の中で思いつつも表面には出さない。
これは僕の密かな特技でよく使っている。彼女は僕に向かって真っすぐに打ち返してきた。
「あなたには関係ありませんよね?」
ド正論を突き返された僕に残るヒットポイントはほとんどない。心をえぐるように突き刺さった打球はこれ以上口出ししないでと言われているような気がした。気がしただけ。
でも、海を見ていただけで涙が出てくることは人によってはあり得る。が、こんな真っ直ぐな言葉を放つ気が強そうな女の子にそんなポエムのような感受性は持ち合わせていないと思うというのが僕の推測。よって、これから導きだされたこの後の言葉はこれだ。
「いや、泣いているのにほっとけないだろ?」
映画のワンシーンにありそうなセリフに彼女は少し引いている。なんだこいつ、っていう目をしているがそんなのもう知らない。この女の子がなぜここで泣いているのかを知りたいという欲求が湧く。
「え、キモいんで帰ってくれませんか?」
僕はキモいって言葉に思わず反応してしまった。
実は従妹にいつもキモいって言うのが当たり前みたいな人がいた。僕はよくキモいと言われていたけど、その子は言いながら笑っていたから…。というか、その子は東京で女優として成功したとかで……。
と、そんなことを思い出された一瞬であったが彼女の目は笑ってない。
本気で言われているみたいで彼女は今にも僕を警察に通報しそうだ。
「あのさ、その……泣いてんじゃん?そんな顔してるとほっとけないもので……」
僕の本心としては本当に心配なのだ。
現在こちらを見ている彼女の顔には涙はない。しかし、この涙の
「いや、もう。ほんとにいいんで。あの、私帰りますね」
そういうと、彼女は脱いでいた黒ローファーを履こうとしていた。 しかし、何時間もいたせいなのかアツアツに熱されてとても履けそうにない。 諦めて靴下のまま帰ろうとするも今度はコンクリートが熱すぎてとてもじゃないが歩けないのである。
帰ろうとしていた彼女はそこで帰ろうとしても帰れないということに気付く。
彼女は「帰る!」と豪語したのに帰ることができなかったので思わず恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「帰れそうにないなら話してみたら?口から吐き出すことも大事だよ」
傍から見れば僕は変人である。というより、警察に通報されてしまったらただじゃすまないレベル。人気のない堤防の上で向き合う男女。その男女の世代が同じであれば全く違和感がないだろうが……。
「というか……お兄さん何歳?あんまり言ってくると警察呼ぶよ?」
童顔と呼ばれる僕も現役女子高校生には敵わなかった。一瞬で見破られる彼女の洞察眼に感服だ。
僕の格好は至って普通。白の「DUTY FREE」と大きく書かれたTシャツに青のデニムの短パン。渋めの紺色で染まるベルト付きサンダルはデニムの色とよく似ていて目立たない。その地味さがなんとも言えない田舎感を出している。
「えーっとね……二十四歳、です。あと、警察だけはちょっと……」
彼女の年齢が十五~十八の間であるという情報しかないが、十代と二十代ではやはり大きく違う。
顔立ちも十代の僕ならもう少し子供っぽさを残していたのかもしれない。
童顔と言われても本物にはなれないという現実。時は戻らないのが当たり前なのか、としみじみ感じるのもおっさんになった証拠だろう。
「ふーん、そう。二十四……か。ねえ、やっぱ大人ってさ………楽しいの?」
「えーっと……そうだなぁ。まあ、楽しいよ。自由に生きていけるからね」
考えるフリをしてみたものの素直に心から出てきた感想である。
「何の仕事してるの?」
彼女は僕に少しだけ興味が出てきたようで、瞳の中に僅かな光が見えた。
「じゃあ、当ててみなよ」
僕は彼女に対して挑発気味に返答してみた。
「フリーターとか?」
僕の心には、外見で判断された結果が「フリーター」というあまり立派とは言えない職業をしていると思われて少し困惑する。
「僕ってそんな風に見えてるの⁉」
「なーんか頼りにない感じがフリーター感を出してる」
僕の氷のハートはアイスピックで無残にも粉々にされてしまった。
色白で細身な僕は昔から頼りなくてドジなイメージがあると言われてきた。
確かにその通りである、と言いたい気持ちもあるが実際とは少し異なる。
学生時代は勉強もスポーツも人並み以上に出来ていたし、高校時代には生徒会長の座に就いたことだってあるくらいだ。まあ、生徒会長になれたのは僕一人しか立候補しなかったという裏がある訳だが。
でも、現在就いている職に大きく関係する経験を得られたのは生徒会長時代であったように思える。
「頼りない……ね。そうだね、まあ外見からしたらそう見えなくもないかもな」
「じゃ、当たり?」
彼女は表情筋がわずかに緩んだ気がした。
「なんでそうなるんだ!」
思わずツッコミ風に言ってしまった。
彼女は今の言葉から僕がフリーターであるという結論にどのようにしてたどり着いたのか理解できない。
しかし、現段階で僕をフリーターと思っている彼女には少し衝撃が強いアンサーになるかもしれない。
「僕はこう見えても代表取締役をしているんだ」
「代表…………あぁ!社長に一番こき使われる隣に立っている人ね」
代表なのに使われちゃうのかよ。
おもわず心に浮かんだツッコミのフレーズ。
それでも、心の中に押しとどめて言いたい気持ちを押さえつける。もっと端的に言わなければ伝わらないのかもしれない。
「えーっとね。代表取締役社長ってのが正式な名前なのかな?だから、世間で言う『社長』っていう職に就いているんだよ」
「え、あんたみたいな人が!う、うそでしょ!」
彼女はUMAを発見したかのような顔で固まっている。沖の方からの突風でなびいているショートヘアーがより一層彼女の驚きようを際立たせている。
どう反応していいのか分からない僕はかなり困惑している。
「「――――――――」」
僕らの間で時空が止まったかのように風が止んだ。ついでに言えば波の音まで消えたかのように錯覚する程だった。
この沈黙を破らなければという思いに掻き立てられた僕は彼女に向かって真剣に話してみようと試みた。
「まあ、驚くのも無理はないけどさ――――」
僕が言葉を続けようとしたその時に耳の中を大きな音に制圧されてしまった。
「なんであんたみたいな人がそうやっていい職に就けるのよっ!」
さわやかな潮風が太陽の光に当てられて反射する髪を揺らす。
僕が見上げなければならないように堤防に立つ彼女。カンカンに熱されて熱いはずのコンクリートの上を裸足で立つ姿は勇ましい。
そして、透明な瞳に雫が浮かぶ。
「涙、また泣いてしまうのかい?」
僕は言わなくてもいいことを言ってしまう。一粒一粒が彼女の頬を伝い、風に流されるように散って行く。もう隠しきれない、心から溢れ出した涙は止まらない。
折角美しい顔が泣き顔に変化していく。
「何で泣いているんですか?」
この言葉は先ほど変態扱いされそうになった原因の一つ。
しかし今、彼女が僕に心を開いてくれなかった最初の時とは大きく違う心境のはず。だから、今回は返答は先ほどとは違うみたいだ。
「本当に、聞いていただけるのですか」
出会ってから初めて使った僕に対しての敬語。本来は出会ってから使うのが作法というものであるが、僕が注意する人間ではなかったため欠いていたのである。
彼女の頬には一筋も二筋ものの涙がまだ流れていた。涙が止まらないほどの悩みでも抱えているに違いない。
「あの、すみません。自己紹介、まだでしたね」
急に敬語になった彼女の異変に体と脳がついていかない。先ほどとはえらい違いで、今の姿が一致しない。
「じゃあ、僕からでいいですか。僕の名前は
特に必要のない会社名まで思わず話してしまった。まあ、言ったところで「それで?」くらいにしか思われないだろうからと気にするようなことでもなかった。
「では、次は私ですね。私は
僕の出身校の近くであったためなんだか親近感がわいた。しかし、今から行うのはお悩み相談室(仮)の出張版みたいなもの。女子高校生ということを意識したらなんだか恥ずかしさが出てくるがここは真剣に。
「あ、あと。さっきみたいに砕けた話し方でいいよ。その方が楽でしょ」
僕は違和感を取り除くため……いや、緊張をほぐすためにお願いをした。
「わかった。じゃあ、普通に話しますよ」
こちらの話し方にしっくり来てしまうあたり最初の印象がいかに焼き付けられてしまうかがよくわかる。
それに僕自身の心が無重力空間にいるように軽くなった。
「じゃ、お悩みの方を聞かせてもらおうかな」
僕は少し前のめりになるも距離は全然縮まることはない。彼女との距離まで五十センチくらいはある。
「じゃ、全部話しますからよく聞いておいてください」
僕は彼女の声が波音で消されぬように耳に全神経を集中させて聞く。
「私は去年の春から中学時代の同級生と付き合い始めたんです。高校の友達にも内緒で。まあ、この前別れてしまったんですけどね。」
リア充とは全く無縁の僕が聞いても良いような悩みなのだろうか。
「それで、夏に二人で海にデートに行ったんですよ。この近くにある未知ヶ浜ってところなんですけど。で、まあ、そこで」
ここから彼女が良い気流に乗っていた恋愛が狂ってしまったのか。
注意深く聞いておこう。
「キスしたんですよ。彼と」
のろ気話なら聞き飽きたからよう。
注意深く、真剣に聞いていた先ほどの時間を返せ、と言ってやりたい。が、まだ続きがあるようだ。
「そのキスした瞬間を写真撮られたんですよ。クラスの男子に」
「それはなかなかの災難だな」
相槌を打っていたがそろそろ話したいという気持ちが先行して思わず言葉に出てしまった。彼女は気にすることもなく話を進める。
「それで、その写真を撮った男子は他にも数枚撮ってたらしくてそれが拡散してしまって学年中に広まってしまったんです」
現代の高校生あるあるなのだろう。
今はカメラの技術が進歩した上にスマホが普及したために簡単に写真を送れるようになってしまったのだろう。
僕らの時代は携帯があったものの画質は汚いし、一気に拡散できるようなアプリもなかったからな。
「そしたら、友達が私に彼氏がいることを知ってどんどん離れて行ってしまったんです。残ってくれたのは二人だけ。さらにいえば、私のことが好きだった男子にまで嫌がらせを受けたりして散々でした」
僕なら退学してそうなシチュエーションだ。
「そしたらある時。写真を拡散した男子が私に詰め寄ってきて、『キス写真が拡散されたくなかったら、俺と遊んでくれよ』って言ってきたんです」
遊ぶ――言い方はあれだが察しはつく。
「それで私は悩んだ末に要求を呑んだんです。後々、これが原因で彼氏と別れたんですけどね。それで、そんなことをする日々が続いたんです」
彼女の瞳に潤いが生じていることに気付いた。ここからが本番というところなのだろう。
「で、まあ。警察にバレたんですよ。それで、相手の男子は退学。私は自宅謹慎って感じの要請を受けました。親にも見放されて散々でしたよ」
気が付けばカンカンに照っていた太陽も夕陽へと変わっていた。
「そして、謹慎が解けて学校に行ったら。私の居場所がなかったんですよ。二人の友達も相手にしてくれないし、クラスでも孤立してしまって」
そして、一筋。また一筋と透明の悲しみが流れてゆく。
「それで、もう、私に生きる希望が無くて――――だから、学校をやめたんです」
自己紹介時に見栄を張って高校生だと言っていたがそれは過去の話だったみたい。
「このままだったら、親に完全に見放されていく当てがなくなってしまうので。それで……」
「自殺をしようとここへ来たんだね」
当てるのが辛い問いというものが存在したのだと、今初めて知った。
平凡から高みを求めて堕ちてしまった彼女は災難の渦へと巻き込まれてしまったのだと理解した。
「―――――はい。そうなんです……」
彼女に座る気力さえを奪うような記憶は壮絶だった。それでも、僕はその間違いを正さなければならないと強く思った。
「じゃあ、今ここで死ぬの?」
死を促すような発言はこの場に不相応である。
「……本音を言えば、死にたい」
「じゃあ、死んでしまうのかい?」
「いや、だから…………」
――パンッ!
僕ら以外に誰もいない堤防に響く甲高い音。僕が彼女の目の前で行った猫騙しのような行為のオト。沈んでいた彼女の顔は僕の方を驚いた表情を見せて静止している。
彼女に正しい生き方をしてもらうために僕はじっと見つめて、口を開いた。
「いいかい。世の中にはね、どうしようもないことがいっぱいあるんだよ。僕にだって死にたくなるようなことがいっぱいあったんだよ。確かに君は周りに信頼できる人がいない中での生活だったのかもしれない。でも、だからと言って死ぬ理由にはこれっぽっちもならないんだよ」
強く、強く、彼女の心に届け。
「それに今の発言の中で、君は自分の過ちを認めていたのかい。僕には君が一番の被害者というようにしか聞こえない。周りが全部ダメで、何もかもを周りのせいにしようとしている」
きつい言葉だが、ちゃんと受け止めて欲しい。
彼女は僕に圧倒されているのか、硬直してしまって動けないでいる。
「まずは自分を見直してみろよ。どう考えても君の判断でこうなったわけじゃないか」
「じゃあ、あの時写真が拡散してもよかったって言うの!!」
彼女の一発は僕の胸に傷一つ付けれていない。
「写真が広まるのと、男と遊んでバレてしまうことのどちらが良いっていうんだ!」
温厚な僕でも激怒せずにはいられない。
精神状態が不安定な彼女に強い口調で攻めればもっと大変になるかと思っていた。
だが、彼女は僕のことを理解しながらもどこか反発したい気持ちがあるのか食い下がることはなかった。
「じゃあ、あの時は断った方が正解だとでも言うの!」
「そうじゃない。君はどちらを選んだにしても、選んだ後の過ごし方が重要だったんじゃないかって思うんだよ」
「はあ?そんなの…………」
「君はただ言う通りに遊んでいただけで、信頼する友達にさえ何も言わなかった。君は近くにいる人に頼ろうとしなかったのかい?自分一人で解決しようとしていたのか。それは違うだろ」
大人の威圧感が威勢の良かった彼女の口数を減らす。
夕陽は青かった空をいつの間にか赤く染めていた。
「いいかい。友人ってのは互いを信頼して、なんでも話し合えるから必要なんだよ。自分が困っていることを話さないで、何のために友人を作ったんだい?」
「だって、周りが…」
僕の速攻が繰り出されて、彼女の声を遮る。
「周りがグループを作り始めたから自分も、とか言わないだろうな?
そう考えているなら明らかに間違いだよ」
気付いて欲しい、この思いが僕を彼女の心に訴える原動力だ。
「青春を謳歌したかったのだろう?だから彼氏を作り、友人を作った。
せっかく手に入れたものをどうして使わない、頼らない」
「そ、それは…………」
「もしもそれで崩れるような関係ならば一人の方がいいんじゃないか?って考えるようにしないとこの先を生きていくなんて難しいよ」
「でも、一人は嫌だし」
「じゃあ、崩壊したときに残ってくれた二人は何だったんだよ?君を信じ続けてくれた数少ない二人だったんだろう。だったらどうして、その子たちと唯一無二の関係を築かなかったんだ‼」
言いたいことだけ言った僕は本当に大人げないのかもしれない。
ここまで論破しようと必死になったのは中学生の時の亡き父との大ゲンカ以来。
彼女は涙が枯れてしまい、何も言えない様子だった。
「――――これってさ、悩み相談……だったよね。それがいつの間に説教タイムになっちゃったわけ?」
これは怒っていらっしゃるのだろうか?
「確かに、私は悪かったと思う。けれど、今気づいたところでもう学校辞めてるし、何も戻んないよ」
「じゃあ、やり直してみたらどうだい?」
何を言っているのだろうか僕は。
「やり直すって言っても、どうやって?」
「僕の会社で良ければ雇用してあげるよ」
彼女の顔はキョトンとしている。
首を傾げて、何を言っているんだと言わんばかりに。
「いや、やり直し方を聞いているのにどうして雇用の話になってるの」
本当だ、どうして雇用の話になったのだろうか。
「だって、学校辞めてから。どう生きていくの?」
そうか、これが言いたかった………のだろうか?
「え、じゃあ、私を引き取ってくれるっていうこと?」
「働く場を提供するくらいならいいよ」
僕はいつからメンタルが不安定な女の子をナンパする最低男になってしまったのか。
「そうだね………親にも正直どうするのか迫られてたから。じゃあ………」
このままだと社員にナンパクソ野郎のレッテルを張られてしまう。
すると、彼女は何か晴れ晴れしたような表情でこちらを向いた。
「お願いできますか、もう一度、ゼロから世の中を学ぶために」
一人の少女の命を救った上に勧誘を承諾されてしまうという混乱しそうな状況。
「まあ、ちゃんと親御さんに承諾してもらってからならいいよ」
夕陽が沈みかけているが、最後の日差しが僕らを照らしている。
その照らされた先には出会ってからまだ一度も見せてなかった眩しい笑顔がそこにあった。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね。社長さん?」
♦
7月15日(水)
本日。ただの散歩をしていただけの二十四歳男性独身は人助けをしました。
さらに会社に勧誘してゲットしてしまうという最低男の称号を獲得しました。
散歩が気分を晴らしてくれるはずが、女の子の気分を晴らすという何とも言い難いものになってしまった日でした。
社員にナンパ野郎と言われた社長さん
千川 龍二
少女遭遇日記 街宮聖羅 @Speed-zero26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます