3 準備

 昼休みの文芸部室は、少しだけ騒がしい。

 

 昼食時に奈々海がやって来るからである。

 

 部室で弁当を食べる事に大した意味はない。クラスに居場所がない訳でもなく、他のクラスメイトもよくやって来てここで弁当を食べていた。

 が、この日葉琉が部室に呼んだ友人は、奈々海1人だった。

 


「は……?」

 

 

 奈々海は口を開けたまま閉じなかった。卵焼きを噛んでいた事を思い出し、飲み込んでからまた口を開く。

 

「…ちょっと何言ってるか分かんない」

「そう言うと思った」

「どゆこと? フレンズを探しに行くって」

「そのままの意味です」

「それが分からんのよ」

 

 乾いた会話が続く。葉琉は唐突に手を合わせた。

 

「この通りだ! 一緒に来て! 文芸部の最後の希望の後輩の頼みなんだ!」

 

 思ってもいない事を口に出す。が、奈々海は未だに理解していない様子だった。

 

「いや…風原くんがそう言ってるのは分かったけど、何でうちら? その子、クラスに友達いないの?」

 

「分からん…。…いや、友達あんまいなさそう」

 

「えぇ…?」

「お願い! ゴールデンウィーク潰しちゃって本当に申し訳ないけど!! 一緒に仁賀行ってくれ!」

「…その、仁賀村に行けば、フレンズがいっぱいいるかもしれないの?」

「彼曰く!」

「ふーん、サバイバルみたいね」

「そうだね、サバイバルだね…」

 

 数秒後、奈々海は手をぽんと叩いた。

 

 

「よし、任せろ!」

 

 

 葉琉は瞬く。

「…え? ホント?」

 

「サバイバルってんなら仕方ない。私、そういう冒険してみたかったし。宝探しに行く的な? 楽しそうじゃん!」

「ま、マジ?!」

「何でそんなに困惑してんのよ。喜べ親友! 私に任せろ」

「…あ、ありがとうー!!!」

 

 葉琉は奈々海に抱きついた。

 まさか、こんなにあっさり承諾してくれるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールデンウィークに有給!?」

 

「しっ、聞こえちゃう!」

 

 水浸しになった床をブラシでこすりながら、女性飼育員は口元で人差し指を立てた。

 

「あっ、すみません…」

 

 男性飼育員は、慌てて声量を絞る。

 

「でもゴールデンウィークに有給なんか、取っちゃって大丈夫なんですかね…?」

「会社の決まりだから、止める訳にも行かないしねー…。それに星野くん、今まで有給なんか取ったこと一回もなかったし。何をするつもりなのか、さっぱりだけど」

「そうですよね…。毎日、弱音吐かずに真面目に働いていますし」

 男性飼育員は振り返り、向かい側のガラス越しで床を掃除するもう1人の男性飼育員を見た。

「そりゃそうだよ。大学中退して専門学校行ったくらいなんだから」

「…この前の事件も、残念でしょうがなかったでしょうね」

 視線を落とす男性飼育員に、女性飼育員は一瞬言葉を詰まらせた。

「…そう、だね……」

「どうして、あんな事が起こるんでしょうか…?」

「…さあね」

「でも、飼育員からしたらサンドスターは恐怖でしかないですよね」

 

「そうだね……まぁ、色々とあったからね」

 

「…そうですね、色々ありましたから」

 

 女性飼育員は顔を上げ、真剣に床をこする男性飼育員を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒロ!」

 

 騒がしい教室の中で1人、弁当箱を開けようとした瞬間。

 

 翔は突然、背後から肩を叩かれた。

 振り返ると、頬に大きなガーゼを貼った男子生徒が気さくに笑っていた。

 

「…結哉」

 

「よ。一緒に弁当食わね?」

 結哉と呼ばれた生徒は、欠けた前歯を剥き出しにした。

 

「…どこで?」

 翔は真顔で問いかける。

 

「あっち」

 結哉は、親指で校舎裏を指さした。

 

 



 

 

「お前、文芸部に入ったんかよ」

 

 メロンパンを頬張りながら、結哉は翔に問いかける。

 駐輪場の段差に座り込みながら、翔は無愛想に答えた。

「あぁ」

「葉琉さんと、何か考えてるんだって?」

「…叶人先輩から聞いたのかよ?」

「それしかねーだろ。お前、まさかとは思うけど叶人さんのこと葉琉さんに何も言ってないよな?」

「言ってねーよ」

「だよな…で、何考えてんの?」

「叶人先輩に聞けば分かるよ」

「その叶人さんが分かんねーっつってるから聞いてんの。相変わらず愛想ねーなー」

 結哉は、呆れ笑いしながら缶ジュースに口をつける。

「何考えてるって…そんな大っぴらには言えねぇし」

「うっわー、怪しいなぁ。でもさほら、別に付き合ってるとかそういうんじゃねーんだろ?」

「それはない」

「ホントか?」

「ない」

「ホントのホント?」

「ないっつってんだろ」

「オレ、信じるよ?」

「信じてどうぞ」

「オッケー、信じるわ。もしこれでお前ら付き合ってたら、叶人さんタダじゃ置いとかねーぜ」

「誰が付き合うか」

 

 飲み干した缶を踏み潰し、ゴミ箱に放り込むと、結哉はまたメロンパンを頬張った。


 

「…でも叶人さん、何であそこまで葉琉さんのこと好きなんかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴールデンウィークの計画を立ててみました。こんな感じでどうでしょう」

 

 翔は、ノートを葉琉に向けて差し出した。葉琉は書かれた文字を目で追う。

 

「…ちょっと待って、11時にサービスエリアに着くのは良いけど、これ、どういう事…?」

 

 彼女はノートの文を指さした。指先には、『沢に沿って歩く』と書かれている。

 

「あぁ、これはですね」

 

「うん」

 

「いとこに聞いてみたところ、先輩がフレンズと会った湖の場所が沢沿いを歩いた先にあるかもしれないとの事なので、沢沿いを歩くことにしました」

 

「…いやいやいや、かもしれないって…! もし違ってたらどうするの?! しかも、標識も道も何もない訳でしょ?」

 

「ないですね」

 

「本当にサバイバルだな…。まぁ、奈々海は喜んでくれそうだけど」

 

 会話が一段落したところで、葉琉は机に伏せたまま翔を見上げた。

「…今日は、アイツ来ないよね…?」

「叶人先輩ですか?」

「そう」

「来ないと思いますよ、多分。結哉とチャリ乗ってましたし」

「結哉…? あっ、そいつ! そいつに聞き込みに行くの忘れてた!!」

「…アイツとは、本当に関わらない方が良いです」

「何、その子もガラ悪いの?」

「まぁ…」

「でも、翔くんとは仲良いんでしょ?」

「小学時代に、一緒に剣道やってたので」

「へぇー…」

 

 そう言えば翔くん、剣道強かったって言ってたなぁ…。

 

 まあ、いっか。

 



 葉琉は翔のノートを眺めながら、小さくあくびした。

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