4 出発

 計画は固まった。

 

 11時半にサービスエリアに着いたら、すぐに出発。スタート地点は建物裏。山から流れている小さな沢に沿って登っていく。

 

 この沢の向こうに本当に湖があったら、フレンズがいないか探索。湖がなかったら、葉琉の記憶を辿って歩くしかない。

 

 成功するか否かは、誰にも分からない。危険も伴うし、もし立ち入りが禁止されていたら入ることすら出来ないかもしれない。

 

 この計画に一番乗っていないのは、他でもない葉琉だった。

 

 自分達がこれからする事が、いかに危険で非現実的なのか。

 

 翔は平然と計画を進める。

 奈々海はノリノリで準備をしている。

 叶人はいくら危険でも、大した事では怖気づかないだろう。

 

 正直、あの小説を翔に見せなければ良かったと後悔もしていた。

 

 よくよく考えてみれば、火山が噴火でもしない限り、そう簡単にフレンズとは出会えないだろう。

 

 他のメンバーは、それをきちんと考えているのだろうか。

 

 そんな葉琉の不安も知らない母親は、笑顔で彼女に手を振っていた。

 

「行ってらっしゃい! 気をつけてよね」

「はーい…」

「何冴えない顔してるのよ? 良いじゃない、みんなでキャンプなんて!」

「いや、楽しみではあるんだけど、本当に大丈夫かなって…。」

「心配しない! ななちゃんもいるんでしょ? ほら、バス間に合わなくなるよ」

 

 そっと背中を押されて、葉琉はしぶしぶ出発した。

 

 

 

 

 

『忘れ物ありそう🤔』

『大丈夫っしょ!』

『ちゃんとバス乗った?』

『もうすぐ来るよ😎』

 

 葉琉はバスに揺られながら、奈々海とスマホのチャットで会話をしていた。隣の座席には、大きなザックがどっしりと置かれている。

 

「次は青葉南駅東口、青葉南駅東口です」

 

 この大都会の中を、登山者のような格好で移動するのは初めてだった。

 少し顔を赤らめながらも、葉琉は東口の改札前で立ち止まる。

 

「葉琉ー!!」

 すぐに奈々海が追いついた。

 

「おはよう。待った?」

「いや、ホントに今来たばっかり。バスが遅くてさー」

「良かった。風原くんは?」

「まだ来てない」

「そっかー…」

 2人揃って、ふと、背後を振り返る。

 途端に、両者は硬直した。

 

「…………」

「…………」

 

 黒いスパッツにベージュのハーフパンツ。青いウェアの上には、背中よりも大きなザックを背負っている。

 

 2人の目の前には、ベテラン登山者のような格好をした翔がいた。

 

「……あらま…」

「気合い、入れ過ぎでしょ……」

 

 呆然とする2人をよそに、翔はいつもの口調で頭を下げた。

 

「おはようございます」

 

「お、おはよう!」

「おはよー…」

「電車は18番線です。行きましょう」

「は、はぁ…」

「れ、レッツゴー!!」

 

 苦笑いしながらも拳を上げる奈々海を見て、葉琉は少し安心した。

 

 

 やっぱり、この子は頼りになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんだ。やっぱり叶人さんも知ってたんじゃないっすか、しかもそれに連いていくなんて」

 

「な…何でか知らねぇけど、オレも行くことになったんだよ」

 

「自分から頼んだんじゃなくて?」

 

「うるせえ!」

 

「まぁ、楽しんできてください」

 

 住宅街に囲まれた、小さな公園。

  

 相変わらず頬に大きなガーゼを貼っている結哉は、笑顔で叶人に手を振った。

 

 叶人は眉間に皺を寄せながらも、バイクのエンジンをかける。


「お気をつけて」

「あぁ」

 

 叶人はヘルメットの紐を閉めないまま、アクセルを踏み込んだ。

 バイクは、騒音を立てながら住宅街内を突っ切っていく。

 あっという間に離れていく叶人の背中を見て、結哉は頬のガーゼをポリポリと掻いた。

 

 

「…ヒロと喧嘩しなきゃ良いけどなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なぁ隆輔、オマエ本当に有給取ったのかよ?』


「俺は一回決めたことは実行するって決めてるんだ」

 

『本気かよ…。とりあえずさ、どこに何しに行くかくらい教えてくんね? 俺、本気で心配してんだよ』

 

「心配無用だって。別に変な事じゃないし」

 

『いや、高校時代からオマエを見てた俺から言わせてもらうけどな、オマエがそうやって突拍子もない事をする時は、絶対に風変わりなことを企んでんだよ』


「そんなことないって」

 

『じゃあ、何しに行くか教えてくれたって良いだろ?』

 

「……」

 

『…おい、隆輔? てか、オマエ今どこにいるんだ? だいぶ騒がしくねーか?』

 

「青葉南駅の広場」

 

 隆輔と呼ばれた男性は一言そう答えると、駅越しのサンドスター火山を見上げた。

 

 立ち止まっている彼を、人々は迷惑げに通り過ぎる。

 

 

「…俺は、“あそこ” に行く」

 

 

『は? 何言ってんだよ。どこだ?』

 

「仲間を探しに行くんだ」

 

『…悪いけど、何言ってんのか全然分かんねぇ』

 

 彼は目線を下げると、電話を切り、歩き始めた。

 

 

 右手に握られていたのは、仁賀村の地図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ葉琉、このグミめっちゃ美味しい! 食べて食べて」

 

「ありがとうー」

 

 受け取ったグミをそのまま口に放り込む。その様子を見た奈々海は身を乗り出し、前の席に座る翔にも声をかけた。

 

「ほら、翔くん! あんたにもあげる」

 

「…ありがとうございます」

 

 翔はグミを食べたはずだったが、何のリアクションも起こさなかった。隣で「美味しい!」と喜ぶ葉琉と比べながら、奈々海は口を尖らせる。そして、また身を乗り出した。

 

「…サバイバリーな感じで楽しみは楽しみなんだけどさ、目標が達成できなかったらどうするつもりなの? 」

 

 翔は真顔で答える。

 

「きっと、何かしら手掛かりはあるはずです」

 

「遭難したらヤバくない?」

 

 奈々海の質問は続く。

 

「多分、大丈夫です」

 

「あと、そのイトコはどんな子なの?」

 

「…俺にもよく分かんない性格です」

 

「はぁ…?」

 

 ホントに大丈夫なのー? とぼやく奈々海を横目に、葉琉は窓の外を見た。

 

 ビルが立ち並ぶ青葉市から一転し、外の景色は深い緑に覆われていた。果てしなくそびえ続ける山に両側を挟まれ、バスはその中を走っている。

 

 10年以上前、母にぴったりとくっつきながらこの景色を見ていたと思うと懐かしい。葉琉の記憶には、フレンズと会った時以外の事はほとんど残っていなかった。が、何となく、こんな景色だったかも…という曖昧な記憶は蘇ってくる。

 

 スーパーもコンビニもほとんど見当たらない。立っているのは一軒家ばかり。人が住んでいるのかいないのか分からず、車椅子だけが庭に転がっている家もあった。

 家が少ない割には、看板が異様に多い。すれ違う車のナンバープレートを見ると、他の市町村名が書かれているものがほとんとだった。人口は少ないが、観光地であることには今も昔も変わらないようだった。

 

 『仁賀村』と書かれた標識を通り過ぎる。道の駅はもうすぐだろう。

 


「わっ、でっかー…!」

 

 隣の奈々海が、何やら目を丸めて指さしている。

 

 葉琉もつられて目を向けると、普段とは比べ物にならないスケールのサンドスター火山が目の前にそびえていた。

 

「わっ……」

 思わず声が漏れる。

 

 山頂から出ているサンドスターは、日光をきらきらと反射している。その色は何とも表現しがたく、そして美しかった。

 

 2人が感嘆の声を上げているのにも関わらず、翔は火山にも風景にも無関心なようだった。

 

「こんだけ近ければ、そりゃーフレンズが出てくる訳だ」

「確かに…」

 


『次は、仁賀サービスエリア前、仁賀サービスエリア前でございます』

 

 

「あ、ここだよ奈々海」

「マジか! 意外と着くの早いな」


 葉琉はボタンを押そうと手を上げたが、翔に先を越されてしまった。

 椅子のせいで翔の姿は見えないが、きっと彼はこの中で一番、やる気に満ちているのだろう。

 

 バスが停まった。

 高いな…と思いながらも運賃を払い、葉琉はバスを降りる。

 

 懐かしい空気が頬を撫でる。が、サービスエリアは改築されたのか、外見も雰囲気もがらりと変わっていた。

 

 

「目指すはあそこだね!!」

 

 

 奈々海が、目の前にそびえるサンドスター火山を指さした。

 

「…うん」

「はい」

 

 葉琉と翔は同時に頷く。

 

 

 

 火山から溢れ出したサンドスターは、きらきらと輝いていた。

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