3 風原さん

 クリーム色の生地を、フライパンに流し込む。

 生地は小さな円を描き、そのまま形状を変えずに幅を広げていった。


「え!? 東雲先生んとこ行ったの!?」

 生地を流し込みながら、奈々海は驚きの声を上げた。

 ボウルを持っていた葉琉は、軽く頷く。

「うん、だって気になったんだもん」

 奈々海は大きな溜め息をつく。

「はぁー…。学校一の鬼教師んとこ行くなんて、どうかしてるでしょ」

「そんなこと言われたって、剣道部の顧問は東雲先生しかいないし…」

「副顧問の高草先生にすれば良かったじゃん! 優しいし」

「えっ! 高草先生って剣道部だったの?」

「うん。だってあの先生、中学から大学までずっと剣道だったでしょ……ほっ!」

 奈々海が生地をひっくり返すと、フライパンの上にはきれいに焼き上がったホットケーキが現れた。

「マジかぁ…。この学校、広すぎて分かんないよ」

「まぁ、それもそうだね」

「あとは、図書室にも行った」

「あぁ、それは理解できる」

「でもやっぱり、そう簡単には見つかんないな…」

「そりゃあそうだと思うよ、カザハラなんて人、ほとんどの人が聞いたこと無いって言うでしょうに」

「そうだよねぇ…」

「よしっ、出来た!!」

 奈々海は一息つくと、コンロの火を止め、隣の机で他班のメンバーと話している男子たちに声をかけた。

「ほら男共! できたよ、飾り付けするんでしょ?」

 すると男子たちは振り返り、生意気な笑顔を見せた。

「おっ、サンキュー! さっすが柏、上手いわー」

「全部任しといてその態度は無いわ、後でジュースおごってよね」

「分かった分かった」

「ホイップクリームどこ?」

「そこ!!」

 会話を交わす奈々海と男子たちを見ながら、葉琉は小さな溜め息をついた。



 やっぱり、私の思い違いなのかな…。

 これ以上模索しても分かんないなら、部室で小説の続きを書いた方が時間の無駄じゃなさそう。


 ふと、窓の外を見る。

 そう言えば、昨日飛んでたフレンズはどうしてるのかな…。


 サンドスター火山が噴火した昨日、世間は大騒ぎになった。葉琉も、生まれて初めて噴火を目の当たりにして驚いたが、ここ青葉市でもフレンズが見られるということを知り、クラスメイト達の話にひたすら耳を傾けていた。

 実際、市内でも数人のフレンズが確認されたらしく、今朝の教室内はその話題でもちきりとなった。


 人なのか動物なのか分からない生き物が、他の大陸では街中を普通に歩いている。奈々海は、そんな情景は信じられないと言っていた。



 でも、私は──



「…あ」


 葉琉の脳裏に、1つの記憶が蘇った。

 小学生時代。確か、3年生か4年生だった頃である。

 気になった歴史上の人物をピンポイントに調べるという、総合的な学習の時間があった。

 そこで当時の葉琉は、ある人物を調べる計画を立てた。が、「その人は駄目だ」と担任に言われ、駄々をこねたのだ。


 その人物の名字が、確か──


「あーっ!!」


「え?」

 思わず声を上げると、奈々海と男子が目を丸くして振り返った。

「ナニ!? どしたの?」

「思い出したー! てか、何で今まで思い出せなかったんだろう…」

「はぁ? 何言ってんだ?」

 首を傾げるクラスメイト達をよそに、葉琉は決心した。


 放課後はやっぱり、図書室に行こう!!











「失礼します!!」

 昼休みの時とは比べ物にならない勢いで、ドアを押し開ける。


「あ、ハルちゃん。何か分かった?」

 先程と同じように、司書がカウンターからひょっこりと顔を出した。

 葉琉は少し息を切らしながら、カウンターに手をつく。

「はい、思い出しました」

「それは良かった! どんな人なの?」

「いや、それが…。フルネームはまだ思い出せなくて…」

「あ、あらら…」

「それで、また調べに来たんです」

「なるほど。何か手伝えることがあったら、言ってね」

 司書が気さくにそう言うと、葉琉は少し気まずそうに、「じゃあ、早速…」と、切り出した。

「その…少し、言いにくいんですけど」

「大丈夫だよ。何?」

 葉琉は目線を泳がせながら答えた。


「フレンズに関する本って、ありますか?」


 瞬間、司書は見開いた。

「フレンズ…?」

 予想通りと言うべきか。司書の反応に、葉琉は更に気まずくなる。

「は、はい」

 が、司書はすぐに微笑み、キーボードに手を置いた。


「…検索してみるよ」


 キーボードに、『フレンズ』と打ち込む。すると、何冊かの本が引っかかった。

 司書は、パソコンの画面を葉琉に向ける。

「5件出てきたよ。何か思い当たる?」

 葉琉は、画面に映し出された検索結果を眺めた。


『サンドスターのしくみ ─フレンズはどうやって生まれる?─』

『フレンズから分かる遺伝子の構造』

『サンドスター火山 ─人類が解けない永遠の謎─』

『サンドスターは宇宙からやってきた?』


 ほとんどの書籍は、サンドスターやフレンズを科学的に論じたものだった。が、一番下に表示された本だけは、雰囲気がかなり違っていた。

 葉琉はその本に注目する。


『人とフレンズのあゆみ ─第一次産業からオール・フレンズ・フェスティバルまで─』


「オール・フレンズ・フェスティバル……あっ!!」

 葉琉の記憶が、更に鮮明になる。そして、司書にすぐに問いかけた。

「この本、どこにありますか?」

 あまりの食いつきに司書は驚きながらも、カウンターから出て葉琉を案内した。

「えっと…こっちだね」

 部屋の隅に置かれた、言われなければ気づけないような本棚から、司書はその本を取り出した。ずっしりと重みがあり、大きさも教科書を3冊ほど並べたくらいある。

「ほいっ」

「あ、ありがとうございます…わっ、重い」

 葉琉は、本を両手で受け取った。

 立ったまま読むのは大変だと判断し、葉琉は机の上にその本を置いた。


「……」

 葉琉と司書は、本の表紙を見つめる。

 表紙には本の題名が大きく記されており、その下にはモノクロの写真がプリントされていた。


 季節は春だろうか。雪がちらほらと残った山々をバックに、人とフレンズらしき女子が笑顔で畑仕事をしている。

 畝に支柱を刺す人と、支柱が大量に入ったカゴを持つ大きな耳のフレンズ。その後ろでは、鳥のフレンズが空中からじょうろで水を撒いていた。

 

 葉琉は表紙をしばらく見つめた後、ページをめくった。1ページ目の見開きは、前置きのような内容になっている。

 司書が前置きの文章を目で辿ろうとした瞬間、葉琉はまたページをめくり、今度は一気に後半まで進めた。


「どの辺だろう…」

 葉琉がぼそっと呟く。ページを前後にめくる彼女を、司書は黙って見守った。

「あ、ここだ!」

 手を止めたのは、『オール・フレンズ・フェスティバル』とタイトルに書かれたページだった。

「あった、この人です!!」

「あっ、見つかった?」

 葉琉は、明るい表情で写真を指差した。司書はその写真を覗き込む。先程見た表紙の写真とは違い、こちらの写真はカラーで鮮やかなものだった。

 『オール・フレンズ・フェスティバル』と書かれた横断幕をバックに、1人の中年男性が、賞状と花束を持ちながら笑顔を見せている。男性の頭上からは、紙テープのような物が大量に降っていた。

 写真の下には、『第6回の開会式にて。感謝状を授与され、笑顔を見せる風原』と書かれていた。


「ほんとだ、風原さんだ…!」

 司書は呟くように言った。


 葉琉はそのページに書かれた文章を、声に出して読んだ。

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