2 図書室
「風原? そいつがどうしたって?」
図体の良い強面の教師が、葉琉を睨むように見た。
「あっいや、さ、さっき文芸部に転部したいって言ってきたので、剣道部の方で何かあったのかなー、なんて思って…」
葉琉は一度縮こまってから、背筋をぴんと伸ばして答えた。
教師は顔をしかめる。
「何だアイツ、文芸部に行ったのか…。…アイツは中学時代、かなりの強者だったんだ。確か、全中ベスト8だったっけなぁ?」
「べっ、ベスト8ぉ!? …あっ、す、すみません!!」
職員の目を一斉に集めた葉琉は、慌てて周囲に頭を下げた。
「ベスト8なのに、何で転部なんか…?」
「アイツぐらいの実力を持ってるんなら、もっと強いトコに呼ばれて行くのが普通だ。それが地区大会止まりの部に来たもんだから何となく予想はしていたが、案の定、アイツはほとんど部活に来なかった」
サボってた、てこと…? 何で?
と、聞きたいところだったが、この教師に『サボる』という単語を使うと機嫌を損なわれそうだったので、口に出す前に留まった。
「お前も知ってると思うが、剣道部には不良生徒が多いだろ? そのせいでアイツ、不良たちに目をつけられたんだ」
うわぁ、大変そう…。
葉琉は眉をひそめる。
「ケンカでも起こしたんですか?」
そう聞くと、教師は小声で答えた。
「まぁ、そうだな…。ケンカって言うよりも、不良たちが一方的に仕掛けて、ズタボロに負かされただけなんだけどな」
「えっ? 負かされた…?」
「そりゃそうだろ。チャンバラして遊んでるだけの連中が、全中ベスト8に勝てる訳がない」
教師は呆れたように笑う。そして、両膝をぽんと叩き、立ち上がった。
「…ま、あのまま部にいてもプラスになることも無さそうだったから、転部を勧めたんだよ。アイツも、理由は知らんがやる気は無さそうだったしな」
「はぁ…」
「別に自分から問題を起こすような奴じゃないから、心配しなくて大丈夫だよ。じゃ、オレはこの辺で」
「あ、ありがとうございました!」
慌てて頭を下げると、教師は葉琉に「頑張れよ」と一声かけてから、給湯室へと向かっていった。
葉琉もそれに続いて、小走りで職員室を後にする。
廊下に出た瞬間、葉琉は小さくガッツポーズした。
(よっしゃ、第1情報獲得! 風原翔はメチャメチャ強い。そして。何故か部活をサボっていた…!)
余計に謎が増えた気がするけど、これは重要な手がかりね…!!
いやーっ、今の私、ミステリー小説の主人公みたーい!!
1人で勝手に興奮しながら、葉琉は次の調査地へと向かった。
『風原』という名字に、葉琉は聞き覚えがあった。教科書に載るほどではないが、歴史に名を刻んでいる人物だったような…。
「…失礼しまーす」
ガラス製のドアを、慎重に押し開ける。その部屋の壁には棚がずらりと並べられており、中では本という本が、びっしりと列を成していた。
「あっ、こんにちは!」
若い女性が、カウンターから身を乗り出した。
「こんにちはー! 相変わらずですか…?」
「…これがいつも通りだよ」
女性は寂し気に微笑んだ。室内は女性と葉琉以外誰もおらず、しんと静まり返っている。
「駅の近くに、大きな図書館できちゃったからねー…」
「あぁ、あそこですか?」
「そりゃー、みんなそっちに流れてっちゃうよ…。規模が明らかに違うし」
「そうですか…。まぁ、私はここに来ますけどね」
「ありがとー、ハルちゃん! 私の仕事、残してくれて」
女性の言葉に、葉琉は声を上げて笑った。そして、手をぽんと叩く。
「そうだ司書さん、私、今日は調べものに来たんです」
司書と呼ばれた女性は、目を丸くした。
「調べもの? 珍しいね」
「はい。知りたい人がいて」
「人?」
「『風原』って言う名字の人です」
「かざはら…?」
司書は首を傾げながら、しばらく考え込んだ。
「分かりますかね…?」
「うーん、そういう作家さんは聞いたことないなぁ…。あとは、ハルちゃんの言う通り、調べるしかなさそうだね」
「…やっぱりそうですよね…。」
「どういう人なの?」
「昨日文芸部に入ってくれた後輩の名字なんですけど、どこかで聞いたことがあるような気がして…」
「後輩!? それまた何で?」
「いや…何か、ホントに、どこかで聞いたことがあるんです…。私的にすごく重要だった人な気がして、気になって…」
司書は、カウンターのパソコンに文字を打ち込み始めた。が、すぐにその手を止める。
「やっぱり引っかからないね…。これ以上は本で調べてもらうしかないかも。ていうかハルちゃん、スマホとかで調べられなかったの?」
「いや、調べるには調べたんですけど、ツイッターとかフェイスブックの一般人のアカウントしか出てこなくて…」
苦笑いする葉琉に、司書は気まずそうな表情を見せた。
「あっ、なるほどなるほど…」
「じゃあやっぱり、本で調べるしか無さそうですね」
「そうだね…。ちなみにその風原くんって、どんな子なの?」
「うーん、一言で言うと、『謎』です」
「ナゾ!? 何それ、面白そう!」
「すごく無愛想で暗い表情してるし、1年生の頃は剣道部に入ってたらしいんですけど、先生に辞めさせられて文芸部に来ることにしたみたいです」
「1年生の頃…? ってことは、今2年?」
「そうです」
「へぇー…。そんな子もいるんだね…」
「中学時代は、剣道で全中ベスト8に入ったらしいです」
「えっ!? 強くない!?」
「ですよね? なのに、高校入ってからはほとんど部活に行かなかったらしくて…」
「えぇー…? 確かにそれは謎だね…。気になる気持ちは分かるなぁ、でも、ハルちゃんが探してる人とその風原くんが、直接関係あるかは分からないね」
すると、司書は手をぱんと叩き、「よしっ!」と声を張り上げた。
「私も手伝うよ。一緒に探そう、風原さん」
「良いんですか!?」
葉琉の表情が、ぱあっと明るくなる。
司書はカウンターから出ると、本棚へ歩き出した。
「貴重な常連さんだもんね。出来る限り協力するよ」
「あっ、ありがとうございます!!」
2人は、歴史関連の資料がある棚をじっと眺め始めた。
しばらく眺めている内に、司書が口を開いた。
「…でも、記憶はハルちゃんにしかないから、結局私は何も出来ないね…」
「あっ、確かに…。…何かすみません」
「良いの良いの! 気にしないで続けて」
「ありがとうございます、すみません…」
その後も葉琉は本の背表紙を眺め続けたが、思い当たるものは無かった。
ふと、腕時計を見る。針は13時15分を回っていた。
「わっ、やべ! もう昼休み終わっちゃう…すみません、また放課後来ます。ありがとうございました!」
カウンターに戻っていた司書は、立ち上がり、愛想よく笑った。
「いえいえー! また後でね。あっそうだ」
「? 何ですか?」
ドアを開けようとした瞬間、司書は不敵な笑みを浮かべながら葉琉にこう言った。
「お礼にあの小説、見せてくれる?」
「…えっ!!」
途端に、葉琉の顔が赤らんだ。
「いえいえいえ、アレは誰にも見せないって決めてるんです! ダメです、ダメ!!」
両手をぶんぶんと横に振る葉琉に、司書は「そうだよね」と微笑んだ。
「じゃ、また放課後ね」
「は、はい、ありがとうございました!」
葉琉は顔を赤らめたまま、廊下を走った。
全く、小説の話題は出すなってあれだけ言ったのに!!
…まぁ、いつもお世話になってるから、本人の前ではあまりとやかく言えないけど。
とにかく、午後の授業はとっとと受けて、また調査再開しなきゃ。
腕時計を横目に、全速力で教室へ向かう。ホームルームに入ると、1人の女子生徒が、机に座りながら葉琉に手を振っていた。
「あ、帰ってきた。随分遅かったねー」
「待たせちゃってゴメン! 次、調理実習だよね?」
「そうだよ。あ、準備しといた」
見ると、葉琉の机上には、教材やエプロンなどの一式が入ったバッグが、ぽんと置かれていた。
「ありがと、奈々海!」
葉琉はそのバッグをすくい取り、奈々海と呼んだ友人と共に教室を出た。
カウンターでコーヒーをすすりながら、司書は本棚を見渡した。
ハルちゃん。
あなたが探してる人は、多分──
いや、間違いなく、あの人だ。
大人は知っている。
でも、大人からは言えない。
私は、協力しかできない。
でも、ハルちゃんがあの人を見つけ出しても……
──私は止めないでおこう。
フレンズと人だって、昔はとーっても仲良しだったのに。
窓の外から、小鳥の囀りが聴こえた。
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