第1章

砂星と学び舎 ~High School`s Stoty~

1 風原翔

「一緒にバスケやりませんかー!? 初心者大歓迎ー!」

「女子バレー部でーす! 部員募集中ー!」

「写真部展覧会、2階の渡り廊下でやってまーす!」

「ギター体験できるよー! 来てー!」

「アニメ研究部ー! ヲタク求ム!」


 ホートク大陸の首都・青葉市。

 無数のビルに囲まれて建つ青葉南高校は、市内で最も規模の大きい公立高校だった。

 先週新入生を迎えたばかりの2・3年生は、自分らの部活のメンバーを増やすべく、放課後の勧誘に燃えていた。大規模なだけあって、この時期の放課後は毎年、お祭り騒ぎ状態になる。中には、面白がって勧誘生徒を見て回る帰宅部員もいた。

 新入生は数えきれない程のチラシを無理やり貰わされるため、大量の紙をバッグに詰め込んで帰宅するのが恒例だった。


「あっ、美樹! 女バドの勧誘どう?」

「今日だけで12人! そっちは?」

「まだ5人…。ちくしょー、今年は絶対に卓球が勝ちたいのにー!」

「へっへーん。ま、まだ1日目だから何とも言えないけどね。お互い頑張ろ!」

「そだね! じゃ」


 会話を弾ませる生徒を見ながら、昇降口の脇に立っていた女子生徒が1人、顔を引きつらせた。


(まだ5人って…。あのねぇ、こちとら1人も興味すら持ってくれてないのよ!!)


 その女子生徒は、『文芸部』と書かれた質素な看板を持っている。もう片方の手には、20枚ほどのチラシが抱えられていた。

 後輩はサボりと不登校ばっかで使えないし、私以外にまともな部員もいないし。

 もーっ、最初っからこうなるって分かってたなら、今年度から同好会にしてくれれば良かったじゃん、生徒会!!

 チラシをその場に撒き散らしたくなる衝動を、掛け声に変える。


「文芸部でーす! 本が好きな人、ぜひ来てくださーい!!」


 しかし、新入生はおろか、後輩や同級生すら反応を示さない。

 きっと、『部活サボりたい人来てねー!』とか言えば、何人も来てくれるんだろうなぁ…。女子生徒は、ちょうど1年前に先輩がそのようにして新入部員を集めていたことを思い出す。文芸部は、代々その方法で勧誘をしていたために、不良生徒や不登校気味の生徒ばかりが入部し、今のような状況に陥ってしまったのだ。

 今年から部長となった3年生の彼女は、きちんと活動ができる生徒を集めるべく、勧誘方法を変えたのである。

 が、それは逆効果となっただけであった。1人で勧誘をしようにも、数十人レベルで勧誘をしている他の部に勝るはずがなく、文芸部には閑古鳥が鳴き続けていた。


「はぁ…。」

 どうせ今日は来ない。早いとこ部室に戻って、あの小説の続き書こーっと…。

 そう思い、看板を下げようとした瞬間。


「あの、入っても良いですか」

 突然、声をかけられた。

「へっ!? わ、わたし!?」

 女子生徒は、思わず自分の顔を指差す。彼女の目の前で立ち止まっていた男子生徒は、軽く頷いた。学ランのネームプレートには、赤いラインの下に『風原 翔』と書かれている。


 …ん? 赤?

 彼女は首を傾げた。

「あれ? キミ、2年生?」

 1年生の学年カラーは、黄色だったはず…。そう思いながら問いかけると、男子生徒は平然と答えた。

「はい、2年です」

「え、マジで?」

 転部ってこと…? ちゃんと活動してくれるなら大歓迎だけど、そうでもなさそうだな…。

 茶色がかったストレートヘアーに、不愛想な表情と受け答え。

 真面目には見えないけど、かといって不良には見えない。何を考えているのかも分からない。

 とりあえず、文芸部への転部を決めた経緯を聞いてみることにした。


「なんでウチに入ろうと…? その、前は何部にいたの?」

「剣道部です」

「剣道!? そのまま続けた方が良いんじゃないの?」

「いや、先生に転部を勧められました」

「え、えぇー…?」


 よほどサボっていたのか、それとも不良部員にいじめられていたのか。が、だとしたらとっくに1年生の内に辞めているはずだ。

「…ま、いっか。まともな部員私しかいないから、ありがたいよ…これ、チラシね。仮入部届けは、顧問の茂木先生に渡して」

「ありがとうございます」

 チラシを受け取り、小さく礼をしてからすぐに立ち去ろうとした男子生徒を、女子生徒は慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待って!!」

「…はい?」

 男子生徒は、面倒そうに振り返る。

 2年生とは言えども、せっかくゲットした新入部員を離す訳にはいかない。女子生徒は、自分のネームプレートを男子生徒に見せつけた。

「私は土屋葉琉、もちろん部長! えっと…カゼハラショウくん、で良いのかな…?」

 男子生徒は首を横に振り、不愛想に名乗った。


「違います。俺は、カザハラ──」


「あっ!!」

「ねぇ、見て、アレ!!」

「えっ、ヤバ!!」


 男子生徒の名乗る声は、他生徒の声にかき消された。


「? 何?」


 周囲の生徒たちが、次々と顔を上げる。葉琉と男子生徒も、つられて顔を上げた。


「あっ…!!」


 生徒たちの視線の先には、宙に浮かび飛ぶ少女が1人いた。

 写真部の生徒がシャッターを切ったことをきっかけに、他の生徒たちもスマートフォンを取り出し、少女の撮影を始める。

 シャッター音が鳴り響く中、葉琉はスマートフォンを取り出さずに、呆然と少女を見つめていた。


「フレ、ンズ……」


 ぼそっと、そう呟く。

 瞬間、葉琉の脳裏に、ある情景がフラッシュバックした。


 笑顔でこちらに手を差し伸べてくる、1人の少女。

 目の前を飛んでいる少女と同様に、あの時の少女も、頭に羽を持っていた。



「カザハラ、ヒロです」



 男子生徒の声に、葉琉は我に返った。

 顔を下げると、その男子生徒は少女を気にも留めず、葉琉の質問に答えていた。


「俺は、風原翔です」


 スマホを天にかざす生徒たちをバックに、翔は表情を変えないまま言った。


「かざはら…」


 どこかで聞いたことがあるような名字…。

 またしても空想に浸ってしまい、はっとして翔のいた方を見ると、彼はこちらに背を向けて歩き出していた。



 数十年に1度、サンドスター火山が大規模な噴火を起こすと、この大都会でもフレンズが生まれることがある。


 しかし、フレンズの姿がなかなか見られないことには変わりなく、人々はフレンズを見ると、揃ってカメラのレンズを向けるのであった。



 人とフレンズの距離が遠い、ホートク大陸でしか見られない光景である。

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