第3話「私、ネット検索始めました。」

 入学試験日から3日が経過した。

 合格通知はまだ来ていないが、合格は間違いないだろう。

 これもテスト対策が功をそうしたということだ。後日、運営側から謝罪の連絡も来たがワンギリしてやった。もう二度とかけては来ないだろう。

 本日はある男と会うことになっている。面識はないし、男と言いつつも性別すら定かではない。ならばどこでこの男らしき人物と出会ったかといえば、今や出会い方の主流となっているネットワーク上でである。

 男の名前は冥暗朧めいあん おぼろ。もちろんプロフィール名なので、本当のところは分からない。

 一種の出会い系サイトをなぜ私が利用しているかといえば、それが最も効率的に超能力者を探せると考えたからだ。今の時代、ネット上には数多の情報が流れている。情報の波とも呼べるものの中には当然ガセネタも含まれていようが、それもまた想定の範囲内。

 きっかけさえあれば、後は直接会えばいい。そうすれば、相手が超能力者かどうかは一目で分かるはずなのだ。

 何の確証もないが、恐らくは能力者からは不思議な電磁波みたいなものが出ていて、お互いが近づけば自ずと正体が分かるはずだと私は推測している。

 超能力を手に入れたその日から私は自分以外の超能力者のことを考えていた。

 超能力は自分だけの特別な力だ、などという傲慢な考え方は持ち得ない。なぜならこの世に一例しか存在しない事象や現象というのは稀であるからだ。必ず類似例や反例は存在する。

 ゴキ○リは一匹いれば二十匹はいると思え、という言い伝えがあるが、これはそれと全く同じ。ある特殊な性質の人間が一人いるならば、間違いなく世界中にはそう言った者たちが数十人、いや数百人はいるだろう。

 自分だけが特別、などという考えは、自惚れが招く自己陶酔的な考えに他ならない。頭の良い者ほど己を過信しないもの。

 なにより私は自身の力がそれほど強力な力でないことを既に理解している。たった65.7gの質量物質、つまりはゆで卵一つ分の重さしか持ち上げられない力を誰が最強と言えるだろうか。誰がどう見ても弱小能力に他ならない。友人への自慢にはなっても現実的には宴会芸で披露するマジックの種ぐらいにしか使えないだろう。

 だからこそ私は、力に目覚めた次の日から超能力者についての検索し始めたのだ。自分よりも強い能力者を見つけるために。



 集合場所は最上王大学の近くにある駅前広場だった。最上王大学のために作られた駅なので、利用者も最上王生徒がほとんどで、言い換えれば日本で最も知的な優秀な駅なのだ。

 駅前広場には学生らしき者たちがちらほら。

 皆が優秀そうなオーラを放っている。

 来年は私もその一員となるわけだ。毎日この駅を利用し、最上王大学へ通う。


(まぁ、当然のなり行きだがな)


 自然と笑みがこぼれてくる。広場の中央には最上王大学のマスコットキャラクター・エンペラードくんの像が飾られており、その周りには噴水が設置されている。

 大空に剣を構え、天をも切り裂かんとする立ち姿がとても凛々しく、それでいて真珠のような愛くるしい瞳が親しみやすさを演出している。

 待ち合わせ場所はその噴水の前だった。時間と場所は相手の男の指定で、目印としてボールペンを右手に持っているように言われた。


(何だ、この古き良きトレンディードラマのようなシチュエーションは。現代においては文明の利器たるスマートフォンがあるというのにわざわざこんな手の込んだことをしおって)


 相手の言い分はこうだった。


『知らない人への個人情報の提供は控えさせていただきます。代わりに目印もなるものを指定いたしますので、それを持ってきてください』


 一方的な要求に会うのをやめようかとも思ったが、渋々相手方の要求に従うことにした。慎重を期すには何か理由があるのだろう。そう考えればこの要求は全うなもののように思えた。

 超能力を持つ者は出来る限りの自分の力を隠さなければならない。それは誰でも分かる考えだ。ならば最初から超能力者専用の出会い系などに登録するのが間違いなのだが、その点は私も他人ひとのことは言えない。

 超能力は惹かれ遭うというのが自然の摂理なのだからこれも仕方のないことだと納得する他ない。既に他の超能力者が組織を作り、活動している可能性も考えられたが、表立った動きが見えない以上、直接的なアプローチは期待できなかった。


(地道にやっていくしかないか)


 約束の時間になっても待ち人は来ず、ビル風が通り抜ける寒い広場で私は震えていた。超能力を使っても、これはどうすることも出来ない。

 三月の風は特に冷たく、噴水にも氷が張っている。


(早く来い、非モラル人種が)


 こんな場所で人を待たせるとは一体どういうつもりだ、と怒りの声を発するが、その時私はあることに気が付いた。


「待てよ、そもそも奴はここに来るのか」


 今になってその考えに行き着く。これまで一切の面識がなく、会話といってもチャットなどを使って話したに過ぎない関係。

 とすれば、そもそもにおいてここに来るかどうかも怪しい。出会い系未経験者であることがあだになった。


「まさか一杯食わされたのか。くっそあのペテンめ、八つ裂きにしてやろうか」


 氷漬けにされたように震える手を白い息で温めながら、胸の内では怒りが沸々と沸き上がって来る。眉間や額にこれでもかと皺が寄り、口の端がひん曲がる。


(いやいやいや、待て待て待て待て待て待て待て待て。落ち着け、落ち着くんだ私)


 怒りで我を忘れてしまう前にどうにか平常心を取り戻し、ゆっくりと顔を上げる。正面の木の下のベンチに座るご老人が、私の方を見て目を丸くしている。直ぐに視線を逸らしたが、どうやら驚かせてしまったらしい。

 失礼なことをしたと反省し、噴水を半周した。頭に昇った血を下ろすには冷やすのが手っ取り早い。私は噴水の水面に貼った氷を拾った石で叩き割り、汚れの少ない欠片を探してそれを額に押し当てた。

 寒い場所で氷を頭に付けているのに、どこか気持ちよかった。

 ふぅと息を吐き出し、それからまた深く息を吸った。


「本当に来るのかねぇ」


 怪訝さが頭にこびり付こうとしていたその時、背後から肩を叩かれた。反射的に振り返ると、見知らぬヒョロヒョロの男が立っていた。


「あのぉ、竜童海千りゅうどう かいちさんですか」


 リュウドウカイチ、誰だそれは?

 男の言葉に一瞬怯んでしまったが、よくよく思い返すとそれはネット上で私が設定したプロフィール名だった。


「そ、そうだ。君は誰だ」

「あの、僕はぁ、僕はですね。そのぉ……………………めいあん、おぼろ、です」

「すまないが声が小さすぎてよく聞こえなかった。もう少し大きな声で言ってもらえると助かるのだが」

「すいません、冥暗朧めいあん おぼろです」


 声の弱々しさが見た目と凄くマッチしている。正直凄く話しづらい。しかし、チャットでの話し方から感じた印象とはまるで違う。電脳世界でフィーバーするタイプのようだ。なにより予想していたより随分と若い。

 冥暗朧めいあん おぼろ

 本日会うことを約束していた人物であることに間違いなさそうだ。そして私をここで一時間も待たせた愚行人である。その点についてはきちんと謝罪を求めよう。


「すいません、遅れてしまって。研究が長引いてしまって」


 私の考えを先読みしたかのように彼は謝罪した。肩から掛けた鞄の紐を両手で握りながら、ゆっくりと頭を下げる。


(これが冥暗朧なのか、イメージとかけ離れている)


 そこでようやく私はネットというものの不確かさに恐怖を覚えた。実に恐ろしい。これほどまでに人を欺ける機能があるならば、なるほど、昨今のネット関連の事件にも納得がいく。

 良い子は絶対に危ないサイトは見ちゃいけないよ。

 どこかのCMでそんなフレーズを聞いた気がする。全くその通りだ。


「研究というのは何をしているんですか」

「たいした研究じゃないんですけど、微生物を使った新エネルギーの開発、みたいなことをしています」

「失礼ですが、どちらの大学ですか」

「えっと……」


 男はもじもじしながら答えに詰まっていたが、私を待たせた後ろめたさもあったためか、それとも研究というキーワードを言ってしまったことから隠すことを諦めたのか。小さく口を開けて言った


「最上王大学です。ほら、あそこが校舎です」


 神だ。

 目の前に神がいる。

 この広場を集合場所に選んだ時点で薄々は気付いていたが、やはりそうだった。このお方は私の尊敬するべき最上王大学の先輩。


「これは失礼いたしました先輩。先輩のようなお方を待てたことを光栄に思います」

「え、急にどうしたんですか。それに先輩って……、あなたも最上王大学の生徒なんですか」

「はい、19年度生です」

「いや、今年まだ18年ですけど」

「来年から入ります」

「もう合格が決まったんですか。あれ、でも発表はまだだったような」

「いいえ、決まったも同然です」

「へ、へぇ……凄い自信ですね」

「自信ではなく確信です」


 私は胸を張った。


「そうなんですか。それってでも凄いですね。色々と頑張られたんですね」

「はい、誰も思いつかないような方法を使いました。あっ、あくまでも勉強の話ですよ」

「はいぃ」


 危うく口を滑らしそうになる。これは誰にも知られてはいけない秘密だ。しかしながらこの場には自分は超能力者であることを伝えてきているのであるから問題はないのか。だがもし、この男が敵になった場合は…………。

 頭の中で様々な考えが浮かんでくる。

 その間、男は黙って右手で左腕を擦っていた。ぐるぐると包帯が幾重にも巻かれた左腕を。


「それは」

「後でお話しますよ。取り合えず、カフェでも行きませんか。コーヒーの美味しい店があるんです」

「カフェのコーヒーはどこも美味しいです」

「でも人もあまりいないですし」

「ならば美味しくないのではないですか」

「いや、まぁそういう理論の成り立ちはしますが、今回は人がいないという点を最優先すべきファクターとして考えましょう」

「なるほど、そういうことであるならば、そこに行きましょう」


 冥暗はやっと笑顔を見せて歩き出した。病気にかかっているかのように顔が青白い。コーヒーを飲むより、はちみつレモンを食べながら豆乳でも飲んで疲労回復を図った方がいいだろうと私は思った。

 案内された店は、なるほどと思えるほどに隠れ家的な店だった。ここの店長は客を呼ぶ気がないらしい。広場から大通りを渡り、左へ行って二本目の小道に入り、そこから次の通りを左へ、さらに二つ目の通りを右に行って、突き当たりの角に喫茶店があった。

 距離にしてはそれほど遠くないが、道はとにかく入り組んでいる。途中で庭に放し飼いにされていた犬に二回吠えられ、一頭は門の向こうから私に噛みつこうとしてきた。野生の牙剥き出しで威嚇する様は、低能な野獣を思い起こさせた。


「ふん、下等な種族が」

「大丈夫です。噛みつきはしませんから」


 喫茶店の外装は至る所に蔦が絡まっていたが、店内はというと、とてもシックで居心地の良い雰囲気だった。凄まじいギャップだ。


「面白い店ですね」

「でしょう。僕のお気に入りなんです」

「最上王大学の人達もよくここに来るんですか。知ってる人は良く来るみたいです。私も詳しくは知りませんが」


 店内はカウンタ六席にテーブル二席のこじんまりとした空間で、テーブル席も一つは四人掛けだが、片方は二人掛けで入口入って直ぐ右手に並んで設置されている。キッチンは店の奥で、中には店主らしき影が一人。カウンターの一番奥の席には先客がいた。ちょうど暗がりの下で見えないが、歳は我々と同じくらいだろうか。


「どうかしましたか」

「いいえ」


 私たちは店内の隅に置かれた二人掛けのテーブルに着いた。


「なにか注文をされますか」

「ではコーヒーを」


 程なくして、香りのよいコーヒーが二つテーブルに運ばれてきた。一口飲んでその味わい深い苦みとほのかな甘みに酔いしれる。


「美味しい。本当に美味しい」

「でしょう」

「どこの豆を使っているんですか」

「えっと、どこだったかなぁ」

「メーカーは、原産国は?」

「それもちょっと……」

「あとで聞いておかなければ」


 私はキッチンの方を見た。店主は黒いバンダナを頭に巻いている。グッジョブ、店主に向けて親指を静かに立てる。


「それで、話を、しましょう」


 改まった様子で冥暗が口火を切った。話とはもちろん我々の持つ超能力ちからのことだろう。周りに聞こえないように冥暗は小声だった。


「では、まずお互いのについて詳しく話しますか。それとも今すぐにを見せますか」


 これ、こいつと言うタイミングで私はコーヒーを持たない左手をうねうねと動かした。力を使うかというジェスチャーだった。

 しかし、そのジェスチャーに冥暗は首を横に振った。


「それは出来ない。この左腕に封印された力を解放してしまったら世界が崩壊してしまう」

(は? 何言ってんだこいつ、バカなのか)


 相手の余りにも過激なカミングアウトに思わずドン引きした。


「私の左手はもう三年もこの調子なのだ。この封印を少しでも解けば、周りに災厄を振りまいてしまう。それだけは避けなければ」

(いや汚ねぇよ、さすがに洗え)


 それに妙に口調が変わっている。さっきまでの丁寧なく言葉使いが嘘のように今は自分の世界に入って会話をしているようだ。


「臭いはどうしてるんですか」

「それは消臭スプレーをかけて消しています」

「凄いですね、その消臭スプレー。私も使いたいです」

「いや、消臭スプレーのことはどうでもいいだろう。それよりもこの左腕が」

「その左腕がどうかしたんですか」

「あんたに会ってから急に疼き出したんだ」

「軟膏買ってきましょうか?」

「いやこれ、かぶれじゃないから」


 私は冥暗を見つめた。冥暗もこちらを見つめている。男どうして見つめ合って言うと何だかすごく気持ちの悪い気分になる。これも生存本能という奴なのか。

 お互いに無言のまま、時間だけが経過した。


「やっぱり軟膏買ってきた方が」

「だからかぶれじゃねぇって言ってんだろうが!」

「いやでも絶対お肌の健康に良くないですって」

「何だテメェは、スキンケア会社のセールスマンか?!!」

「いやいやいや、違いますけど。何言ってるんですか」

「それはこっちの台詞だよ。僕は真面目に話をしているんだ。これ以上茶化すなら帰るぞ」

「いえいえいえ、調子に乗ってすいません。つい先輩とお近づきになりたくて」

「そんな会話センスじゃ無理だろうな」

「そんな機嫌悪くしないでくださいよ」


 いつになく低姿勢にこびへつらって相手の機嫌を取り戻す。確かに一度は疑いはしたが、改めて考えてみるとあり得ない話ではない。

 まず根本的に超能力というモノが実在するのだから、彼のような特殊な能力者がいてもおかしくはないのだ。

 ただ問題があるとすれば、


「自分が超能力者であることをどのように証明できますか」

「さっきも言っただろう。この封印は解けないんだ。つまり……」

「つまり?」

「証明は出来ない」

「は?」

「ん、今『は?』って言ったか」

「いえいえ言ってませんよ。はんじゃあどうしたら分かるんでしょうかねぇ、と言おうとしたんです」

「はんじゃあって何だ」

「私の地元の方言で『それじゃあ』の意味なんです」

「なんだ、そういうことか」


 バカが簡単に騙された。ここまで来ると頭を抱える他ない。超能力者を自称しながらその証明が出来ないとなると、直接会うメリットが何一つない。このパターンを予想しえなかった自分の不甲斐なさにため息が漏れる。


「ただ一つだけ方法があるぞ」

「方法とは」

「私が超能力者であることを見極める方法だ」


 そう言うと冥暗はおもむろにハサミを取り出し、包帯の端を切り落とした。


「それをしたら封印とやらが」

「あぁ、これぐらいなら大丈夫だ」


 そういうものなのか?

 簡単に信じることは出来ないが、否定することも出来ない。


「この包帯を手に取れ」


 私はその場で固まった。テーブルの上まで伸びてきた彼の手には包帯の切れ端が握られている。それを手に取ることを私の体が全力で拒否しているのだ。


「お前いま汚いとか思ったろ」

「いえいえ、ありがとうございます」


 間違いなく思った。しかし口が裂けても言えない。


「ほら、力を感じるだろう?」


 布切れ端は少し暖かかった。三年間同じ手に巻かれていた包帯はある意味で超常的な物体に見えた。人間の執念にも似た思いがこれには込められている。精神力だけなら確かに宿っているかもしれない。

 しかし、何も感じない。予想していたような不思議な感覚や現象は発生しなかった。私の推測が間違っていたのか。それともそもそもこの冥暗という男が超能力者ではないのか。


「確かに感じますね」

「だろう」


 渾身のドヤ顔を見せられて、嫌悪から怒りの感情に切り替わる。

 この男は本当に超能力者なのだろうか。あくまでも希望的観測でここまでやって来たのだが。それも全く意味を成さなかった。

 私がポーカーフェイスで落胆していると、今度は冥暗がこちらに要求を突き付けてきた。


「さぁ、次はお前の番だぞ。私に超能力ちからを見せてみろ」

「……………分かりました」


 ここまで来て見せないわけにはいかない。

 しかし見せれば当然、私が超能力者であることがバレてしまう。そうなれば最上王大学中に私の名が轟くことになってしまう。


(騒ぎが大きくなるのは困るな)


 しばし考え、結論を出す。


(まぁこいつなら大丈夫だろう)


 何というか、逆にオープンな感じなのであまり周りへの影響度があるとは思えない。これも希望的観測ではあるのだが……。


「では見せます」


 そう言って私は持って来たボールペンをテーブルに置いた。焦げ茶色の黒が重なり、更に薄暗い空間も相まって、遠くからではボールペンがあると判別することすら難しいだろう。

 だからこそ、好都合。

 私はいつものように眉間に力を込め、そこから意識の移動を行ってボールペンに自らの注意を向けた。ゆっくりとボールペンの浮かぶイメージを形作り、そして、ボールペンにそのイメージを形作らせる。

 テーブルの上でボールペンが浮いた。

 さぁどうだ。

 これこそが超能力だ。私もドヤ顔で冥暗を見返してやった。


「おいおい、ただのマジックじゃないか。そんなの僕でも出来るね」

「よし帰りまーす」


 私は席を立った。

 こんなバカと話した自分がバカだった。こいつは超能力者ではない。今なら断言できる。ならばもうBダッシュでこの場から離れよう。私は椅子の背に掛けていた上着を掴み、そのまま喫茶店の扉を開いた。


「おっと、忘れていました」


 直ぐに引き返し、自分の分のコーヒー代金だけおいてその場を後にした。背後から何やら冥暗の叫び声が聞こえてきたが全く気にしない。もう奴と話すことはないだろう。もし顔を合わせることになっても無視するだけだ。

 行きの期待が大きかった分だけ帰りは酷く落胆した気持ちになった。こんな事なら来なければよかったと心底思う。

 来た道を忘れてしまい、いくつか通りを間違えたが、どうにか最寄りの駅まで辿り着くことが出来た。広場の人の数は少しだけ増えたように見える。授業終了したタイミングだったのか、広場を歩く者はみな、学生のようだった。


「もう少しマシな奴かと思ったがな。最上王生徒の風上にも置けん奴だ。あんな奴が同じ校舎にいると思うだけで怒りが湧いてくる」


 どんな場所にも汚点はあるのだと思い知らされた。広場にいる方々もアイツと同じなのだろうか。もしそうならば、最上王ブランドが穢れてしまう。由々しき事態だ。

 辺りにいる者たちを人一人観察しながら広場を抜ける。途中にある噴水の前でエンペラード君に一礼し、最後に最上王大学の校舎の方を見た。浪人生として最後に見る校舎をしかと目に焼き付ける。


「待っていろ、最上王大学。私が来るぞ」


 校舎に人差し指を突き立てニヤリと笑ったその時、不穏なき裂音が響いた。

 咄嗟に背後を振り返ると、目の前のエンペラード君の像が大きく揺れていた。余りの大きな変化に言葉を失い、その一瞬の間に像は仰向けに倒れ、噴水の縁石に衝突して粉々に砕け散った。

 最上王大学の象徴が瞬く間に瓦礫の山に変貌した。周りにいた者たちも一斉にこちらを向き、その惨状に息を呑む。


「なにが、おき…」


 呟いた言葉が途切れる。

 頭に猛烈な痛みが走った。激しい痛みにしゃがみ込むしかなった。

 今の衝撃音で脳が揺さぶられたのか。

 それにしてもこれまで感じたことのない痛みだった。私は赤ちゃんのハイハイのような動きでどうにか噴水から離れた。幸いにも瓦礫が私の方に飛んでくることはなく、無傷のまま静観することが出来た。

 頭痛も五分もしない間に退いてしまい、残ったのは重たい脱力感だけだった。


「昨日、ミゾレッターちゃんV3やり過ぎたかなぁ」


 ため息が止めどなく漏れ出す。

 騒ぎで面倒なことになる前に私は電車に乗り込んだ。



 翌朝の短いニュースでエンペラード君の倒壊が報道されたが、原因は単なる点検不備による老化とのことだった。より詳しい原因については未だ調査中だそうだ。 


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