第4話「私、入学式に出席します。」
3月が終わり、待ちに待った4月がやって来た。新たな春の始まり、私のキャンパスライフの始まりである。
記念すべき最初のイベントは人生で3度目の、そして5年ぶりの入学式。
世俗的なイベントだが、最上王大学で行われるともなれば話は変わってくる。ここに集まるのは全国でも選りすぐられたトップクラスの学生たち。将来はこの国を背負って立ち、更には世界中に影響力を与える者たちが集まってくる。
そんな訳でマスメディアも放っては置かず、正門前には各局のカメラが陣取っていた。
「合格おめでとうございます。今のお気持ちは?」
「僕にとっては通過点にすぎません。人の上に立つことが僕に与えられた使命なので」
私が正門を通り過ぎる時に取材を受けていた男子生徒がそんなことを言っていた。わざわざ口に出すまでもない。それは当然のことなのだから
入学式の来賓もまた、ふさわしい顔ぶれが連なる。大企業の社長たちに始まり、政財界の権力者や国際機関のトップたち、この国の首脳陣までもが出席する。
お目当てはもちろんわれわれ新入生。
次世代のリーダーを発掘するために、彼らもまたすでに動き出しているのだ。
そして、そんな面子の中に私もいる。大学の門を越えたその時から、私は最上王大学の一員となった。
(さぁここから始まるのだ。私の偉大なる人生が)
集められたのはチャペルのようにも見える巨大な校舎だった。最上王大学のシンボルとも言える建物で、屋上には巨大な鐘が設置されている。造りはバロック様式を用いており、中には彫刻などの美術作品も数多く見られた。
とても優雅で落ち着く空間、さすがは最上王大学と言わざるを得ない。
周りでは一部のバカどもが彫刻などを見て騒いでいたが、大多数の者は相手にもせず、静かな足取りで会場へと入っていった。この場から既に見極めは始まっている。気を抜けば間違いなく、ふるい落とされる。
入学式にも拘らず、浮かれた雰囲気は微塵も無い。それどころか緊張感すら漂っている。
「これでこそ、最上王大学だ」
私にふさわしい。
席に着くと、一秒の狂いもなく時間きっかりに式典が始まった。初めに司会の案内に従って、学長が舞台に上がる。
「今日はお集まりいただき誠にありがとうございます。初めまして、私は最上王大学学長の霧笛院白樺むてきいん しらかばと申します。この度は本校への入学おめでとうございます」
言い終えると同時に左右の壁際に座っていた教職員や二階の来賓席の方から割れんばかりの拍手が聞こえてきた。その拍手で、私はようやく最上王大学へ入学したことを肌で実感する。
この時を待っていた。
もう二浪の負け犬などではない。成人式で隅の席に座ることもない。これからは世界の中心で私だけの美しい花を咲かせて見せよう。
学長の話は長く、眠気まで襲ってきたが、太ももをつねってどうにか耐えることが出来た。その後、入学式はプログラム通りに進み、閉式の辞の一つ前で、入学者と教職員全員による校歌斉唱が行われることとなった。
プログラムに校歌の歌詞が掛かれているので覚える必要はないのだが、当然ながらここにいる者たちは覚えているだろう。かく言う私もきちんと頭に入れてきた。
ピアノ演奏が校舎内に響き、歌が始まる。
~~ スーパーヘビーだぜ ~ 我らが最上王 ~~
~~ 脳みその出来も ~ 半端じゃなぁい ~~
~~ 力と自信持ち合わせ ~ 我らは天を射抜く ~~
~~ 真の実力見せたろか ~ その辺の奴らに ~~
~~ 最上王 ~ 最上王 ~ 我らが最上王 ~~
~~ 天の上に立つは ~ 最上王大学 ~~
~~ 山を越え谷を越え ~ 俺たちゃ進む ~~
~~ 箱庭を出たなら ~ 絶対権力者 ~~
~~ 個にあって全すら超えて ~ 果ては権力者 ~~
~~ 要るモノはただ一つ ~ 己の脳みそ ~~
~~ 最上王 ~ 最上王 ~ 我らが最上王 ~~
~~ 天の上に立つは ~ 最上王大学 ~~
終わり
最後に大きな鐘の音が校舎中に響き渡った。
(何て素晴らしい歌なんだ。私は感動しました)
私は己の魂を込めて全力で歌った。
この歌には最上王大学の全てが詰まっている気がする。
閉会の辞により入学式が締めくくられ、新入生たちは会場を後にした。ぞろぞろと前の者たちについて外へ出ると、とんでもない在校生が我々を出迎えた。校舎の前でスタンバイしていた彼らは手に大量のビラを持って、声を張り上げている。
(部活とサークルの勧誘か)
人間の圧という圧が凝縮されたような異様な空間に思わず足がすくむ。在校生たちは一様に笑顔だが、目だけは笑っていなかった。
「政治論破語録部どうですかー!」
「健康体操基礎筋力測定サークルどうですか!」
「確率追究サークルでーす! 楽しいですよ! 一緒に確率追究しましょう」
この大学にしかない珍しいサークルが目白押し。
どれもサークル名を聞いても活動までは分からない。
その他にもテニスやサッカー、野球といった体育会系のサークルや部活、軽音楽や吹奏楽、美術、ボランティアなど、よく名の聞くサークルも多々あった。それぞれが長机と長椅子を校舎内の至る所に並べ、そこをブースに勧誘を行っている。
しかし、私はそれらの勧誘を完全に無視して、一直線にあるサークルのブースへと向かった。
「超常現象探査研究会はこちらか」
「はいはーい、ここですよ。超研でーす」
長机を挟んだ向かいに長髪の女性が一人。髪はブラウンで少しカールが掛かっている。端正な顔立ちは潤美真澄さんに少し似てて、とても美人だった。服装は独特の折柄が描かれた白の毛糸のセータに、丈の長いベージュのスカート。
客寄せのためにお金でも払って座ってもらっているのか、と疑ってしまう。それほどに、超常現象探査研究会の印象とはかけ離れ過ぎていた。
私は恐る恐る彼女の正面に腰掛けた。女性と話すのは人生で何回目だろうか。この季節にもかからわず、緊張で額から汗が流れ落ちた。
「超研というのは略称ですか」
「そうそう、だって長いでしょ。超常現象探査研究会って、ただでさえこの大学って漢字を羅列したサークル名が多いし、正直読みにくいっていうか。パンフレットとかは漢字だらけで酔いそうだし」
「それならば名前を変えればよいのでは」
「それは無理、部長権限だから」
「そ、そうなのですか」
彼女の返答に私は下を向いてしまう。彼女が下から私の顔を覗き込み、咄嗟に横を向いた。
沈黙。
彼女はじっと私の方を見ていた。ただじっと、黙ったまま。
「あの、お名前は」
「潤美真澄って言います。濃緑さん」
「へ?」
彼女が名乗った名前と私を呼び掛けた名前。そのどちらもに衝撃を受ける。
「え、あ、え、あ、ま、ますみさん!!?」
「お久しぶりです」
「ばかなっ!!」
「え、何が?」
「そんなことがあるわけが、だってあなたは最上王大学の生徒ではなかったはず」
「編入してきたの」
衝撃過ぎて言葉が出ない。そんな私を見て真澄さんは楽しそうに笑い、更に顔を近づけてくる。
「成人式以来だね。最上王大学に合格、おめでとう」
「あ、ありがとう」
現状が飲み込めず、柄にもなくあたふたする。成人式の頃とは印象が随分違う。髪の色も雰囲気も前より随分と大人っぽかった。ただ美しいことには変わりない。さすがは私のマドンナだ。
「入会しますか」
少し首を傾げて真澄さんが聞いてくる。そういえばこれはサークル勧誘の最中だった。私は首を縦に何度も振った。
「勿論でございます。入会させていただきますでそうろう」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。私たち同級生なんだから、学年は私の方が二つ年上だけどね」
見ているだけで幸せだ。
私は直ぐに入会表に自分の氏名と学籍番号、連絡先を記載して、真澄さんに提出した。真澄さんは嬉しそうにそれを受け取り、横に置いていたプラスチックのトレイに入れた。
「これで入会は完了です。じゃあ改めて、どうしてこのサークルに入ろうと思ったの」
質問のタイミングがあべこべな気がするが、そんなことはどうでもいい。彼女と話せるならばそんなことは粗末なことだ。
「このサークルが出している記事に興味があったからです」
「いつの記事?」
「昨年の12月です」
「あぁ、あの超能力に関する記事ね」
「そうです」
「超能力に関する理論建てから、超能力者が実在するという話まですべて素晴らしかった」
「なるほど、でもメインは超常現象の方だからね。一応超能力もその一つのカテゴリーとして考えただけだから」
「では具体的にはどのような活動を」
「そうだねぇ、超常現象に関する色々な記事を集めてきて、それが実際にあるのかを検証していくって感じかな。全国各地で取り沙汰される超常現象を見に行ったりとか、そういう活動が主ね」
「なるほど、ところで真澄さんは本当に超研所属なのですか」
「もちろん」
あぁ、やはりあなたこそ私の求めた存在だ。私の天使、潤美真澄さん。涙がこみ上げてくる。運命の人は目の前にいたのだ。
「これからよろしくお願いします」
「よろしくね、一応先輩だから校内ではため口は禁止ね」
「もちろんです」
「それならよかった」
「とてもうれしく思います。それで、早速することはありますか」
「そうだねぇ、それじゃあちょっとお腹減ったから、取り合えず焼きそばパン買って来て」
「え……」
「ん?」
「はい、只今買ってまいります!!」
私は直ぐに席から立ち上がり、一目散に購買へと向かった。
何度か肩がぶつかり、舌打ちが聞こえたが、無敵モードの私にそんな音は一切届かない。
購買は超研のブースから入学式の校舎を挟んだ反対側にあり、途中の人混みを避けるため大きく迂回しなければならなかった。
(邪魔者どもが! さっさと道を開けろ)
内心思っても今の私にそれを叶える力はない。私の超能力ではそれは不可能だ。
アメフト部らしき人物たちが道を塞いでいる。何故か新入生を胴上げしていた。
(どうしてこんな場所で)
邪魔すぎる。
私はそのまま彼らの体の隙間に身体をねじ込ませたが、とてつもないフィジカルで容易に弾かれた。
「なんだ、テメェは」
「それはこっちの台詞だ。道を塞ぐんじゃあない」
「はぁ? 何だと……ってお前もしかして新入生か」
私が新入生であることに気が付き、巨体どもが全員こちらを向いた。あっという間に私を取り囲み、その場で胴上げされる。
「待て、やめろぉぉおおおお!」
上下の激しい運動に脳が揺さぶられ、血の巡りが急激に悪くなる。車酔いに等しい気持ち悪さに全身の力が抜けていく。
「なんだ、こいつは。全然元気がないじゃないか」
「こんなやつ入れても仕方ないですね」
「よぉし、その辺に捨てとけ」
「うぃす!」
掛け声が止み、胴上げも突然終わる。ヘロヘロの私を巨体の一人が抱え、そこから軽く振りかぶって私を地面に投げ捨てた。
「よし次行くぞ」
「うっす!」
気が付くと私は一人、その場に取り残されていた。
(一体何なんだ、この大学は)
瀕死状態で改めて最上王大学という場所の恐ろしさを思い知る。やはりここにいる者たちは普通ではない。しかしだからこそ、これから世界を変えていく力があるのだ。
さぁ私も焼きそばパンを買いに行こう。
身体に走る激痛に耐えながら私は一歩ずつ購買へと歩みを進める。
「途轍もない攻撃を受けた。それも残酷なまでに自分勝手な攻撃……、私のLP《ライフポイント》ももう風前の灯火か」
小さな石に躓き、身体が前のめりに倒れ込む。手を付く力も残っておらず、私はその身を重力に任せた。
「おっと危ないよ」
力強い腕が私の体と地面の間に滑り込んでくる。声のする方を見ると黒髪の男が私のことを支えていた。ちょうど逆光になって顔は良く見えない。
疲労感もあって、私の目も半開きだ。
「君、全力で校歌を歌ってたよね」
その問いかけの意味を私は理解できない
「上の席で見てたよ。一応、僕はここの先輩だから、よろしくね」
「よろしく、おねがいしましゅ」
噛んでしまった。情けない。
「立てるかい?」
「ありがとうございます」
男の優しさを感じたのは生まれて初めてだった。こういった力強さに女性は惹かれるのか。筋力の少ない私には誰かを支えるなど逆立ちしても出来ない。
私にもっと力があれば、もっと強い超能力があれば。
「ご助力いただき感謝いたします」
「改まって丁寧な言い方をしなくてもいいよ」
太陽が雲に隠れ、ようやくその男の顔を見られたが、なるほど、途轍もないイケてるメンズだった。
悔しい。心底悔しい。
私だって負けてはいないぞ、と反論する気力もなかった。
私がそうして唸っている内に彼は背を向けてその場から離れようとしてた。私はよろよろと彼の方に手を伸ばしながら聞いた。
「あの、お名前は……」
「メイアンオボロ、冥王星の冥に、暗中模索の暗、それから朧月夜の朧で、
彼は手を振りながら去っていった。
(めいあん、どこかで聞いたことがあるような……)
結局思い出せず、私は自らの任務遂行ためにまた歩き出した。
その後、購買には辿り着いたが、焼きそばパンは売り切れだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます