第705話


「ふぅ〜・・・、んんっ」


 大きく息を吐き、目一杯の背伸びをする俺。

 これが戦闘の疲れによるものなら格好もつくが、この原因は家事によるもの。

 単純に歳の所為もあり、疲れを感じ易くなった身体を労る為だった。


「そんな大きな溜息を吐くと、幸せが逃げてしまうわよ」

「ん?あぁ、フェルト」

「ふふふ」


 やって来たのは何やら怪しい物を手にしたフェルトで、その容姿は俺と同じ様に順調に年齢を重ねて来ていたが、その趣向と内面は変わりの無い俺の仲間だった。


「溜息って訳じゃ無いんだがな」

「そうかしら?」

「あぁ。歳の所為だ」

「ふふふ。困ったものねぇ」

「・・・」


 年齢を重ねた容姿に、変わらぬ揶揄う様な笑み。

 それは、長き年月を重ね、進まぬ現状の中で貴重なものになっていた。


 スラーヴァとの激闘。

 その後、ジェールトヴァ大陸の問題に取り組み始め、その日からもう直ぐで十年という年月も見えていた。

 然し・・・。


(結局、廃魔石による汚染の治療法の確立は出来ていないからな・・・)


 あの日から数々の冒険を重ねて来た俺達パーティ。

 ローズも決戦後直ぐに颯へと当主の座を継承し、颯も其れを受け入れる形で俺と共に旅をしていた。


(然し、あんなに多数の魔人が輪廻転生の輪の中に居たとはな)


 多くの魔人と出会い、闘い、時に理解し合い、数々の知識を得ていった俺達。

 冒険の中での無数の発見も有ったが、廃魔石に付いてのものは残念ながら見つかる事が無かった。


(彼奴は約束通り廃魔石の一部受け入れをしてくれてるんだがな・・・)


 アポーストルはあの日の約束を守り、使者を送り、一部の廃魔石を楽園で受け入れてくれているが、未だ減らない廃魔石の排出量に追い付く訳も無く、効果的な手段とはなっていなかった。


(捨て子の数は減ってはいるけど・・・)


 当然というか、裏の仕事をする人間を取り締まる法を作るには至って無いし、そもそもその手の人間は法がどうあれ悪行を続けるだろうが・・・。

 それでも、捨て子の数が減っている理由は、俺達にあるらしく、俺達が数々の成功を収め、此の大陸で暮らし始めた事で、此処に子を捨てる事が危険と認識し始めた事によるものだった。


(其れでも、汚染前の子は良いのだが・・・)


 廃魔石による汚染は、未だ治療法も解明されてない病の為、諸国での差別も強く、汚染前の捨て子に関する受け入れは各国の施設の受け入れは可能だったが、汚染後の子供達に関しては受け入れて貰えず、結果被害者となる子はゼロになる事は無かった。


「そういえば、あの子は?」

「あぁ。もう直ぐ起きると思うんだけど・・・」


 あの子。

 フェルトがそういったのはモナカの事。

 モナカは初めて此の大陸に来た時に居た子達の中で唯一の存命者となっていた。

 然し、それも奇跡的な事で、子供達の支えになりながらも限界のやって来たモナカは、最近はベッドの上で過ごす日々が続いており、昨日の昼に俺との外出を希望し、身体を少しでも休める為に十分な休息を取っているのだった。


(多分、此れが・・・)


「っ・・・」


 俺の活動における大きな助けになってくれたモナカに対して、何もしてやれてない自身の不甲斐なさに奥歯を噛み締める俺。

 此処の子供達に取って、俺達の様な身体能力や魔力に優れる者は正確な意味での希望では無く、力を持たないモナカが今日迄生きて来たのが不安な明日への唯一の希望で、モナカを救えない事実はかなり厳しいものだった。


「あら?」

「ん?どうした?」

「いえ、あの子確か部屋には居なかったわよ」

「え・・・?嘘だろ‼︎」

「そんな、品の無い嘘吐く筈無いでしょう?」

「す、すまん」


 フェルトの言葉に、そういう考えでは無いのだが、つい洩れた俺の台詞。

 流石に少し不満そうな表情を見せたフェルトに、俺は即謝ったのだった。


「構わないわ。私はルーナを探して来るわ」

「あぁ、助かる」


 フェルトは少し早足で、俺と並び空中からの捜索が可能なルーナを呼びに向かってくれ、俺は背中で礼を述べて、即座に空へと翔け出したのだった。



「何処に行ったんだ‼︎」


 こんなにも俺が不安になるのは、此処の子供達の最期の日の傾向で、家で逝き家族に最期の瞬間を見せる事を嫌がる事にあった。


(でも、それは・・・)


 過去に目撃したある男の子の最期。

 激痛による悲鳴を喉が潰れる迄上げ、全身のあらゆる箇所からの出血を伴う最期。

 其処に至ってしまった子は、無意識のうちに其れを理解しているらしく、其れを家族に見せる事を嫌がるのだった。


「っ‼︎」


 それでも・・・。

 最期の瞬間を一人にしていい筈など無く、微かな気配を探る俺。


「っ⁈」


 その俺の全身の細胞に突如として伝わって来た、仲間達どころか、自身に及ぶ程の魔力。


「何だ・・・。此奴は‼︎」


 モナカを探さなければならない緊迫した状況での、とんでもない来訪者に言い様のない苛立ちを覚える俺。


「くそが‼︎」


 然し、此の力は仲間達でも対応は不可能。

 俺は後回しにしたい気持ちに首を振り、其の魔力に向かって翔け出したのだった。


「もう直ぐ・・・」


 魔力の発信源へは後少し、警戒を強めて瞳に魔力を込めた俺は進行方向の地上へと眼を凝らす。


「ん?・・・あれは‼︎」


 その視線の先に見えたのは・・・。


「モナカーーー‼︎」


 俺が探しているモナカで、警戒に込める魔力も勿体ないと、俺は闇の翼へ全力で魔力を注いだ。


「司‼︎」

「モナカ‼︎無事か‼︎」

「うん・・・」

「良かったぁ・・・」

「ごめんなさい、司」


 全身全霊で抱きしめた俺に、その心を理解したモナカ。

 少しバツの悪い表情を見せ、俯きながら謝罪して来たのだった。


「良いんだ。無事だったなら」

「うん。ありがとう・・・、司」


 安堵から涙を溜める俺に、見つめるモナカも涙を見せる。


「・・・」

「・・・」


 それ以上の言葉を見付けられず、無言のままでいた俺とモナカ。


(黙って出て行った理由は分かるし、最期の日迄はせめて少しでも楽しい思い出を残して欲しいからな・・・)


 そんな風に考え、少しでも空気を変えようとする。


「でも、今日は調子が良かったんだな」

「ん・・・」


 最近はベッドの上で過ごすモナカだったが、調子の良い日には少し部屋を歩いたもしていたモナカ。

 此処迄、歩いて来たという事は、かなり調子が良いと思ったのだが・・・。


「調子は悪かったんだよ」

「モナカ・・・」

「今日が最期になると思って、少しでも遠くにと思って・・・」

「っ‼︎」


 俯きながらそう漏らすモナカ。

 然し、その顔を上げると泣き笑い。


「でも、もう大丈夫なんだ」

「え?」

「治してくれたんだよ。私の病気」

「何を・・・、言っ・・・」


 モナカが告げて来るのは、全く理解の出来ない台詞で、俺は混乱以外の感情が浮かばずにいた。


「あれ?此処に居たのか?」


 突如として聴こえて来た声に、俺は現状の危険度を思い出す。

 モナカを抱える状況で、もしあの魔力の持ち主が悪意のある者だとしたら・・・。


「っ⁈」


 モナカ越しに聴こえた声の主へと、双眸に力を込めて見据える俺。

 その視界に映ったのは・・・。


「へっへっへっ、ラッキーだったよ」


 今も変わらぬ少し生意気そうな表情に不敵な笑み。

 その表情に俺は先程のモナカの台詞の意味を理解する。


「ぅ、ぅぅぅ・・・」


 それと共に溢れ出した涙に、視界は埋め尽くされてしまう。


「どうしたんだよ、父さん?」

「っっっ・・・」

「へっへっへっ、子供みたいだなぁ」


 そう言って俺へと歩み寄って来た声の主。

 其れは俺の誇りであり、宝物なのだった。

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厨二おっさん召喚される 月夜調 @kogepan

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