第688話
いよいよ決戦の日。
まだ太陽もその姿を見せていない為、辺りは闇に包まれ、然し、神木からの微かな光の粒子が幻想的な灯となっていた。
「皆んな行っちゃったね?」
「あぁ、凪」
もう仲間達は転移の護符により初期配置への移動をしており、リアタフテ家の屋敷前に残っているのは、アウレアイッラ組だけとなっていた。
「・・・」
「怖いか、凪?」
「少し・・・」
「そうか、良かった」
「え⁈」
俯き加減で微かに震え、成長はしたがまだ子供の其れの掌を握りしめる凪に問い掛けた俺
正直に応えて来た凪に俺が安堵の声を漏らすと、凪は顔を上げ、驚きの声を上げた。
「怖くて良いんだ」
「どうして?」
「怖さは警戒心を生んでくれる。其れに押し潰されて歩みを止める事が無ければ、闘いには絶対に必要なものだからな」
「そうなんだ・・・」
「あぁ」
此方を見上げて来るルビーの双眸から、不安の色を消した凪。
その小さな頭に手を置いてみると、先程見て取れた震えは収まっていた。
「まだ、居たのかい?」
「え?シエンヌさん・・・、フォール将軍も」
投げつけられる様に掛かった声に振り返ると、立っていたのはシエンヌとフォール。
「そろそろ、私も国に戻ろうと思ってな」
「そうでしたか、ありがとうございました」
「いや、美味い酒を呑めたよ」
ディシプルからの使者という形で、今回の決起集会に参加していたフォール。
決戦に向けて此方に来たシエンヌと入れ替わりで、ディシプルへと帰還する様だった。
「もう、こっちには会ってやったんだろ」
「えぇ」
「なら、フォールを送って来な」
「はい。分かりました」
フォールは同行している魔法を使える者と帰れば良いのだが、シエンヌは刃に会ってやれという事だろう。
その名を出さないシエンヌの気遣いに感謝し、俺が出発の準備に入ろうとすると・・・。
「パパ‼︎」
「あぁ、直ぐ戻るよ」
凪から掛かった声に、俺は応えたが・・・。
「違う‼︎あれ‼︎」
「ん?」
その慌てた声色に、どうやら俺が離れる事への不安だけでは無いと理解し、その指し示す指先に視線を向けると・・・。
「飛龍⁈だが・・・‼︎」
凪が気付いたのは、まだ黒く染まる空に巨大な双翼を広げ、此方へと向かい翔けて来る飛龍。
然し、まだ離れた位置にいるのに、かなりの巨体である事が見て取れる其れは、通常の飛龍とは異なる存在だと、直ぐに認識出来た。
「彼奴は・・・」「アヴニールじゃ無いかい?」
「えぇ、その様です」
俺が瞳に魔力を注ぐのと同時に、遠くの空を翔けるアヴニールの姿を視認したシエンヌ。
直後に俺も其れがアヴニールである事を視認する事に成功した。
(何故、彼奴が此処に・・・?)
アヴニールは決して四六時中ディシプルの国内や真田家の周りに居る訳では無いが、二日家から離れるという事は無かった。
何より此方の言葉をある程度理解していて、人目を避ける様にアヴニールには指示を出している為、空の散歩を楽しむ時も洋上と決まっていたのだ。
「キイィィィーーーィィィ‼︎」
母親譲りの甲高い鳴き声は、初めて聞いた者なら怒りの咆哮かと勘違いしそうだが、アヴニールにとっては此れが普通で、どうやら家族の危機を報せに来た訳では無さそうだった。
「キュゥゥゥン」
アヴニールも俺を視認出来ていたらしく、眼前へとゆっくりと降りて来た。
「アヴニール、どうしたんだ?」
「キッッッ」
俺の問いに答えたというよりは呼応する様に短く鳴いたアヴニールが、広げていた翼を畳み、首を地面へと着けると・・・。
「刃‼︎どうしたんだ⁈」
其の背にはディシプルに居る筈の刃が座っていたのだった。
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