第689話
「父さん・・・」
「どうした?ディシプルで何か?」
アヴニールの様子から焦りの様なものも感じなかったし、ディシプルで何か起きたとは考えていなかったが、突如として眼前に現れた息子姿に、俺の心臓の鼓動は危険な驚きを刻み始めた。
「ち、違うよ‼︎ディシプルは大丈夫なんだ・・・」
「え?じゃあ・・・」
俺の表情から不安を読み取ったのか、目一杯の勢いで首を振り振りながらアヴニールの背から降りて来た刃。
「ちょっと・・・。っ」
バツが悪そうな表情で言葉に詰まった刃は、それでも俺の前迄何とか歩いて来た。
(出発前の事もあって、気不味いのか・・・)
この行動は決して褒められた事では無いが、自分が子供の時の事を考えるとどうだろう?
「・・・」
キュッと結んだ唇の下では、その歯も力一杯食いしばっているのだろう。
(出発前に会いにくい環境にしてるのは俺なのだし、叱りつける資格は無いだろう)
「・・・」
「っ⁈父さん・・・」
「ん・・・」
無言でその頭に手を置き、軽く叩き撫でてやると、刃は一瞬体を硬らせたが、直ぐに顔を上げて・・・。
「ごめんなさい」
謝って来たのだった。
「あぁ」
「いいの?」
「そうだなぁ・・・。良くは無いが、刃に会いに行くところだったから、丁度良かったよ」
「そうか・・・」
俺が許し、会いに行くつもりだった事を告げると、刃の顔は明るい方向へとグラデーションしていった。
「勝ってねはいらないよね?」
「ん?」
「父さんが負ける筈、無いんだから」
「・・・」
「ちゃんと、母さんと待ってるから・・・、だから」
「あぁ。必ず勝って帰って来るよ」
「うん‼︎」
意図しない形だろうが、俺の掌を振り払う形で力一杯頷いた刃。
俺はもう一度、一瞬だけその頭に手を置き、息子の感触を掌に刻んだのだった。
「・・・」
「ん?」
此方に向いていた視線を背後に向け、丁度俺の視線の先だった方に向いた刃。
「・・・」
「っ・・・」
その先に居た遠くを見つめる凪を見つけると、刃からキュッという歯を食いしばる歯軋り音が聞こえた。
「・・・」
「・・・」
最初は俺と刃に気を遣って視線を外していたのであろう凪は、今は刃の視線を感じつつも、無言で目を細めていた。
(う〜ん・・・、どうしたもんかぁ・・・)
何か言いたい事があるらしい刃の為に、何とかしてやりたい気持ちもあるが、何となくこのまま流してしまいたい凪の気持ちも無視出来ない。
(これが普通の同年代の娘なら、刃の背を押してやるんだが・・・)
刃と凪にら複雑な関係が前提としてあり、凪の気難しさを其処に加味すると・・・。
「・・・」
「・・・」
(凪も意識はしてるみたいだし・・・)
流れる静寂を破れずに居る二人に、俺が凪に声を掛けてその流れで、そう考えた・・・、瞬間だった。
「・・・」
「わっ⁈」
「⁈シエンヌさん⁈」
突然、素早く、そして音も無く刃へと歩み寄ったシエンヌ。
彼女は刃の腕を掴むと、乱暴に投げ捨てる様に刃を凪の方へと引いたのだった。
「何すんだよ、シエンヌ‼︎」
「ふんっ‼︎何だい、その生意気な眼は?」
「だって、いきなり・・・‼︎」
「五月蝿いよ、意気地なしが‼︎」
「っ⁈意気地なしって・・・」
「言いたい事があるんだったら、自分の口で言いな?フォールはそんな事も人に助けて貰わないといけない様な鍛え方をしてるのかい?」
「ふむ・・・。参ったな・・・」
自身へも火の粉が飛んで来た事に、フォールは微妙な表情で後頭部を掻いていた。
「そんな事、無いやい‼︎」
「だったらビシッとしな‼︎じゃなきゃ、アンタの親父と同じだよ‼︎」
「・・・」
フォールの事が出た時点で、自分がどんな謗りを受けても仕方ないと思って待ち構えていた俺は、シエンヌの言葉に静かに頭を下げる。
「父さんの事を悪く言うな‼︎」「パパに非道い事を言わなでよ‼︎」
「「っ⁈」」
そんな俺の様子に、同時に声を上げた刃と凪。
二人は互いの反応に驚き、やっと視線の合った双眸をパチクリさせていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます