第686話


「でも、グラッタチェーロ大陸って本当にあったのね」

「ん?ローズは知ってたのか?」

「噂くらいならね」


 勿論、地図には存在するし、冒険者が活動に向かう事もあるのだが、実際目にしないと魔物が闊歩するというのは、中々信じられない話の為、ローズも今回の件で其の噂が真実であると判断したらしかった。


「・・・」

「行ってみたいか?」

「そうね・・・。ええ」


 遠くを眺める双眸に、俺がその心を問うてみると、ローズは其のルビーの双眸に炎を灯して頷いた。


「行こう」

「司?」

「此の闘いが終わったら、冒険に行こう」

「え・・・?」


 俺の宣言はローズに取っては突然であるのは間違い無いが、その内容も意外な事だったのか、一瞬の考える様な間を作ったが・・・。


「ええ。そうね‼︎」

「あぁ」


 ハッキリと頷き応えてくれたのだった。


「旅に出るのか?」

「ブラートさん・・・。はい」


 そんな俺達のやり取りを眺めていたブラートからの声に頷く俺。


「此の世界にはまだ、俺の知らない事や出会って無いものが沢山ある筈なんです。其れに、出会って俺は見付けたいものがあるんです」

「そうか・・・」


 俺の話を深く飲み込む様にし、其の奥の意味を考える様な仕草をみせるブラート。


「ブラートさんも一緒に来てくれませんか?」

「俺がか?」

「えぇ」


 此の人には此の人の旅があるし、何より今回の件でエルフ族との関係も変わっているだろうし、かなり難しい話かと思ったが・・・。


「面白そうだな」

「じゃあ・・・」

「ふっ。ああ、付き合うとしよう」

「ブラートさんっ」


 そう悩む事も無く、言葉通りに興味深い表情を浮かべ、楽しそうな声で答えてくれたブラート。


(この僅かな表情の変化を読むのも慣れたよなぁ・・・)


 初めて会った時・・・。

 勿論、其れはリアタフテ領のダンジョンの事では無く、王都からミラーシへの任務に向かった時の事だが、その時には多くを語らない簡潔な物言いと、その威圧感も感じる風貌に、此の人の為人を本当の意味で知る事は出来なかったが、多くの刻を過ごし、幾つもの苦難を共に乗り越えて来て、優しさや意外に洒落の通じる人柄を知る事が出来た。


「ただ、その為には必ず此の闘いに勝たなければならないがな・・・、俺も司もな」

「えぇ、勿論です‼︎」


 ブラートの言う通り、ブラートはナヴァルーニイと、俺はスラーヴァとの決着をつけなればならない。


「ナヴァルーニイはペルグランデに現れますかね?」

「ああ。間違いなくな」

「予感があるんですか?」


 ハッキリと言い切るブラートに、俺は少し不思議そうな視線を向ける。


「予感では無いが、奴等はある程度此方の戦力の編成を読めているだろう」

「あぁ、なるほど」

「奴も決戦後のエルフ族との関係を考えると、俺との闘いを避ける事は出来ないからな」

「そういう事ですか」


 確かに、ブラートとエルフ族との交渉では、エルフ族は此の闘いの勝者の行動に対して邪魔はしないという事だし、其れはブラートが以前言っていた様に、エルフ族が力を重要視している一族だからだろう。


(そうなると、ナヴァルーニイは此の闘いでブラートに負ける事は許されないし、何よりブラートとの闘いを避けるなどあってはならない事だろうしな)


「勝って下さいね」

「ふっ、ああ。司もな」

「えぇ‼︎」


 ブラートは静かに、俺は力強く、俺達は互いに頷き合ったのだった。

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