第683話
「盛況だな、司?」
「えぇ。俺には似つかわしく無いですよ」
「ふっ。なら、俺もだな」
「・・・」
外面は着飾り取り繕っているが、内面では正直面倒くさいという意識しか持てない俺。
そんな俺を気遣う様な台詞を口にしたブラートだったが、秘密裏とはいえ俺の仕事を手伝ってくれている事は、此処に招待されるレベルの貴族なら周知の事実で、細身ながら鍛えられたその体躯と、黙っている事に深みを感じられる横顔は、先程から一部の女性達の視線を奪っていた。
(まぁ、ブラートに惹かれるタイプの人は、中々自分から声を掛ける事は出来ないだろうが・・・)
俺は自身の背中に静かな蒼い炎を灯した視線を感じながら、目の前のブラートを見上げていた。
「でも、ブラートさんが来てくれて良かったです」
「やはり、意外だったか?」
「まぁ、正直なところ難しいかな〜・・・、と」
「ふっ、だろうな。でも、こういう場も嫌いでは無いんだ」
「そうでしたか」
失礼にも感じる俺の反応だったが、既に此れで機嫌を損ねたり、関係の変わる俺達では無く、ブラートは会場を言葉通りの穏やかな視線で見渡した。
「本当に感謝するわ」
「ローズ」
「待たせてしまってごめんね」
リアタフテ家当主として、招待客の接待に駆け回っていたローズは、二人の子持ちとはいえまだまだ若い身体の肩を、招待客に気付かれない様に解しながらやって来たのだった。
「お疲れ様」
「うん。ありがとう、司」
自然にその細い身体に回した腕で労る様に撫でた俺に、ローズは表情には疲れたものを一切見せずに見上げて来た。
(まぁ、流石に継承権に付いては一切の力を持たない婿とはいえ、本来なら俺もローズの背後に付いて回る仕事を免除して貰っているのだし、こんな程度の事はな・・・)
それでも、俺がそういった事に一切参加せずに、こうしてブラートと二人でいれたのは、流石にこの人を一人にしておく訳にはいかないからだった。
(熱い視線の倍位は不安そうな視線が此方に集まっているからなぁ・・・)
此処に居る多くの参加者達が、ブラートが現在俺の仕事を手伝ってくれている事を知っているという事は、ローズを攫おうとした事も知られている訳で、特別な恩赦を受けて、現在国に貢献しているとはいえ、その視線は当然のものだった。
(其れに、ブラートはダークエルフというのもあるしな・・・)
俺の知るブラート以外のエルフ族といえばナヴァルーニイだけで、エルフ族がどの程度恐ろしい存在かは正直なところあまり理解出来ていないのだが、人族の多くはエルフ族に対して恐怖を抱き、その中でも逸れ者として認識されているダークエルフなど出会っただけでその身の不幸を呪う様な存在なのだった。
「久し振りね・・・、ブラートさんだったかしら?」
「ああ。確か、神木の下で会って以来だったか?」
「ええ。あの時もお礼を言わせて貰ったけど、それ以後の事も含めて、改めてお礼を言わせて貰うわ。本当にありがとうございます」
「・・・あの時も言った筈だが必要無い」
礼の言葉を述べ、深々と頭を下げたローズに、短く応えたブラート。
「・・・」
「・・・」
一瞬の間だけ無言になった二人に、然し、そんなに緊張感も感じない俺。
「だが、受け取ってはおこう」
「そう?ありがとう」
「ふっ」「ふふ」
ブラートが礼の言葉を受け取ると、ローズは少しだけ戯けた様な表情を見せて、ローズとブラートは同じタイミングで笑みを浮かべたのだった。
「司ー‼︎」
会場中に響き渡る自身の名。
其の声は、その人物の操る魔法の様に、蒼き水を思わせる様に澄んだものだった。
「あら?」
「・・・」
首を傾げるローズに、俺は先制攻撃の様に彼女の事を説明しておこうとしたが、何をどう告げても今から現れる人物がぶち壊しにするだろう事を理解し、諦めの無言を示した。
「司、やっと見つけたわ」
「あぁ、アクア。来てたのか?」
「当然でしょ?」
アクアはその双丘を誇示する様に張りながら、俺から視線を動かしていき・・・。
「ブラート。久し振りね」
「ああ。そうだな」
先ずは、俺以外では最も長い時間を過ごしているであろうブラートに再会の挨拶をし・・・。
「あら?」
「・・・」
「へぇ〜・・・」
ローズのところでその視線を止めると、双眸には妖しげなタンザナイトの輝きが灯ったのだった。
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