第667話


 此処はミラーシと外の世界を繋ぐ扉の前。

 俺が屋敷に戻るという事で、ディアとレイナ、そして側近達の見送りを受けていた。


「では、すいませんがお願いします」

「はい。任せて下さい」


 流石にレイナを任せて直ぐに戻るのも問題がある為、俺は一週間程ミラーシに滞在して、生活に問題が無いか観察をし、今日帰るという事になった。


「うう〜」

「あぁ。俺も顔を出すから、ちゃんと皆んなの言う事を聞くんだぞ?」

「おおっ‼︎」

「うん。良い子だ、レイナ」


 俺からの言いつけに雛大の掌をグーにして、後ろに倒れそうになる程上に突き上げたレイナ。


(やはり、高い魔力で言葉の意味をある程度理解しているのだろうか?)


 レイナが生まれてどの位の時間が経っているかは分からないが、通常なら流石に言葉を理解出来る状況では無いだろうし、今日に限らず、俺の言葉に正確な反応を見せ続けているのだから、言葉の細かな意味はともかく、此方の伝えたい意思感情は正確に理解出来ているのだろう。


「・・・」

「ディアも頼んだぞ?」

「・・・」


 今日の朝起き此処に着く以前から、一切俺と視線を合わせ様としないディア。

 ある意味、自身の鼻の高さを誇る様なその態度は、俺の言葉には応える気など更々無いと明確に示して来ていた。


「うう?」

「・・・」

「う〜・・・、うっ」

「うっさいっ‼︎」

「おおお〜‼︎」


 そんなディアの尻尾を掴み、ケモ耳を匂う様にし、構ってオーラ全開のレイナ。

 いよいよ、鬱陶しくなったらしく、ディアは大きな声で叱りつけたが、それにもレイナは漸く構ってくれたとばかりに歓喜の声を上げたのだった。


「ぅぅぅ・・・、ちゅかさ〜・・・」

「はいはい」


 そんな様子にディアは、無視の時間は終わりと、泣きつく様に俺の足にしがみ付き、此方を見上げて来たので、流石に同情してその頭を撫でてやったのだった。


「つれてかえって‼︎」

「それは無理だが、俺もまた顔を出すよ」

「いみないっ‼︎」

「だろうなぁ・・・」

「ぅぅぅ・・・」


 ディアの言葉は尤もで、此処に来て最初は人見知りを発症し、俺の腕の中から降りたがらなかったレイナだったが、血の繋がりからなのかは分からないが、自身を邪険に扱うにも拘らずディアの事を気に入り、その側を離れなくなってしまったのだった。


「おっ?」

「っ‼︎」

「・・・」

「ぐぅぅぅ・・・」

「ああっ」

「ほら?ディアを呼んでるぞ?」

「・・・ふんっ‼︎」

「・・・」


 嫌がりながらも俺の足から離れ、レイナの隣に立ってやるディア。


「おお〜‼︎」


 今度はレイナも何かを感じ取ったのか、尻尾や耳では無く、ディアの服の袖を掴むと・・・。


「・・・っ」


 ディアも応える様に、其の小さな掌を握ってやったのだった。


(本当に、天邪鬼な奴だなぁ・・・)


 そんなディアに呆れつつも、これでレイナは大丈夫だろうと安心し、俺は屋敷へと帰路に就いたのだった。



「お帰りなさい、司」

「え?ローズ・・・。どうしたんだ?」

「何となく・・・、ね?」

「そうか・・・」


 俺が屋敷に戻ると、玄関の前の花壇を手入れしていたローズ。

 日頃なら、アンとアナスタシアが交代でやっている仕事で、稀にメールが趣味で触る事はあったが、ローズが触っているのを初めて目にし、正直驚いてしまった。


「失礼ね」

「え?え〜と・・・?」

「まるで、私にはこんな事出来ないって目で見てたわ」

「そんな事・・・、無いけど?」

「変な間を作らないでよ」

「あぁ」


 ローズの指摘は正しくて、ローズは使用人の仕事を奪ったりしない様に、一切家事らしい家事はしなかったし、正直眼前の光景には違和感を抱いてしまった。


「向こうから連絡は?」

「まだよ」

「そうか・・・」


 俺がミラーシに行っている間に、ブラートが戻って来ている事を期待していたのだが、未だ連絡は無い様だった。


「信じて待っていれば良いのよ」

「ローズ・・・」

「私だって、いつも司をそうして待っているわ」

「・・・」

「司にとって大事な仲間なのでしょう?」

「あぁ、勿論だ」

「だったら、今は待っていてあげなさい」

「そうだな・・・。分かったよ」


 俺の表情から迫る決戦と、ブラートの事を心配しての焦りを感じとったのであろうローズ。

 諭す様な台詞はそうでもなかったが、何処か達観した様子のローズを見ていると、俺の心も不思議と落ち着いたのだった。

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