第658話


「これで・・・」

《それは・・・》

「はぁっ‼︎」《無駄かと?》


 撃ち上げた朔夜の斬撃と振り下ろされた爪の斬撃が打つかり合い、衝撃で地面へ押された俺は地面へと左腕を伸ばし・・・。


「深淵よ・・・」


 詠唱を開始しようとするが、それに対してルグーンは・・・。


《色々と考えますねぇ?》


 無駄とばかりに、大地から鋭利な枝を生やして来た。


「っ‼︎まぁな‼︎」


 瞬時に踵を返す様に、空へと翔け上がる俺を待ち受けるのは・・・。


《大人しく串刺しになって頂きましょう》


 振り上げた巨大な前脚。


「衣‼︎」


 俺は其れと打ち合う事を選ばず、自身とルグーンの間に漆黒の衣でベールを広げ、ルグーンの視界から逃れた。


《諦めて下さいましたか》


 そんな事は思っていないであろうルグーンの台詞。

 俺は自身に迫る漆黒の枝に朔夜を構え、其れを受け止める。


「っっっ‼︎」


 疲労で握力を奪われているのもあるが、手にした朔夜を吹き飛ばされそうになる程の衝撃が右掌から肩迄の骨身を襲うが、俺は闇の翼に魔力を注ぎ、その場に必死で留まった。


(良し・・・)


 自身を襲った闇のエネルギーを朔夜で吸収し切り、俺は地上へと翔け出しながら・・・。


「深淵よ・・・」


 何度も阻止された詠唱を再び開始する。


《ですから、其れはさせませんよ》


 宙に広がった漆黒の衣をあっさりと斬り裂き、俺へと振り下ろされて来たルグーンの前脚。


「だろう・・・」

《・・・⁈》

「なぁーーー‼︎」


 其の前脚へと、朔夜に溜め込んでいた闇のエネルギーを一斉に撃ち上げると、流石に闇の因子を持つとはいえ全く効果が無い訳では無い様で、衝撃でルグーンの前脚は天へと跳ね返されていった。


「此処で・・・‼︎」

《っ⁈》


 全速力でルグーンの頭部へと翔ける俺。

 其れを阻止しようと、乱雑に撃ち出された闇の弾丸が此方へと襲い掛かったが、好機を失えないと、其れを無視して速度を上げる。


「ぐぅ‼︎」


 身体を掠めていく弾丸に構わず、全身に傷を負いながらも頭部へと迫った俺に、ルグーンは口元に迎撃の闇のエネルギーを溜め始めたが・・・。


「やらせるかよ‼︎」

《ぐっ・・・》

「森羅慟哭‼︎」


 其れを溜め終えるより刹那の間だけ速く、詠唱を結んだ俺の左掌のがルグーンの頭部へと届く。


《が・・・》

「はぁ、はぁ・・・」

《あああぁぁぁーーー‼︎》

「ふぅ・・・」


 ルグーンの悲鳴に大気が揺れるのを感じながらも呼吸を整える俺。

 眼前で上げられた大絶叫に、普通の状態なら耳が耐えれなかっただろうが、そもそも疲労で耳がおかしくなっているらしく、俺の耳には少し声を張り上げている位にしか感じられなかった。


「流石に・・・」

《あ、あ、あああ・・・》

「其の身体も魔流脈のダメージに迄は強くなかったか・・・」


 まともに耳に届いてはいないだろうが、ルグーンへとそんな事を語り掛けた俺。


(まぁ、動きを止めたとしても、決定打となる攻撃が無いのだが・・・)


 変わる事の無い事実に押し潰される前に、俺はアイテムポーチから魔力回復薬を取り出し、其れを一気に飲み干して地上へと降りる。


「此れに賭けるしか無いか・・・」


 阻止されていた時は意地でも喰らわせ様としていたが、そもそも極大の詠唱だった事を思い出し、俺は一瞬の間だけ躊躇の感情が頭を過った。


「まぁ・・・」

《あ・・・、ぁぁぁ》

「やるがな?」


 定まらない視線を無理矢理此方に向けようとするルグーンを無視し、地上へと腕を伸ばした俺は・・・。


「深淵より這い出でし冥闇の霧」


 刻まれた詠唱を飲み込む為の漆黒の霧を、其の巨体の下に広げたのだった。

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