第623話


「・・・っ⁈」


 斜陽は空の色を茜に染め、高速で翔けながらも落ち着いた空気の中に居た俺。

 然し、茜色に始まりの薄闇とは異なる、異質な闇色が浮かび、俺は驚きで立ち上がりそうになった。


「大人しくてないと、振り落とされるよ」


 呆れた様な口調で告げて来たアポーストル。

 然し、流石にそれだけでは状況は変わらないだろうと・・・。


「あれが、ジェールトヴァ大陸さ」


 そう淡々と続けたのだった。


「そろそろ、魔法を掛けておきなよ」

「魔法?」

「授けて貰っただろ?」

「あ・・・。あぁ」


 アポーストルの言葉に大魔導辞典を取り出し、聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹の頁を開いた俺。


(前にも見たんだが、何の変化も無かったんだよなぁ)


 そんな事を思いながら、聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹の頁を眺めながら魔法を詠唱すると・・・。


「・・・っ」


 夕焼けの空に反する様な蒼い光が俺の身体を包み込んだが・・・。


「ん?」


 光は収まったが、俺の身体には特段の変化は現れず、思わず首を傾げてしまった。


「此れは・・・」

「安心しなよ」

「アポーストル。・・・どういう事だ?」


 訳知り顔で告げて来たアポーストルだったが、効果が分からないでは使いどころも分からない。


「其れはジェールトヴァ大陸の汚染に耐性を付ける為の魔法さ」

「そうなのか?」

「流石にどんなに優れた魔流脈を持っているとはいえ、ジェールトヴァ大陸の汚染は其れすらも上回っているからね」

「・・・っ⁈」


 どうやら、俺の想像していたものよりもジェールトヴァ大陸の汚染は深刻なものらしく、正直なところ身体に驚愕から寒気が走ってしまう。


「其れは耐性、そして汚染された身体を少しだけ癒す為のものさ」

「癒す・・・、って」

「勿論、完全に汚染されてしまった身体を癒す事は出来ないよ。ただ、少しばかり身体の痛みを和らげ、僅かながらに生命の刻を延ばす事は出来るだろうけど・・・」

「っ‼︎」


 その効果を聞き、ジェールトヴァ大陸の現状を正確な意味で理解した俺。


(此奴は其れを知っていたのに、デリジャンの前では口にしなかった訳か・・・)


「何故・・・」


 そして、其れを知った事で、彼女が此れを俺に授けた意味に迷うが・・・。


「・・・」


 そんな思わず漏らした呟きには、アポーストルは決して応える事はしないのだった。



「着いたよ・・・」


 そう短く告げたアポーストル。

 俺達の眼下には漆黒の大地から、異質な闇色が浮かび上がって来ていた。


(最近見た常夜の日とは対照的だな・・・)


 あの日の闇色の霧には、何処か心地良さを感じていた俺だったが、現在眼下に広がる其れに飛び込んで行く事には、本能的に躊躇していた。


「そういえば、お前は大丈夫なのか?」


 自身にだけ魔法を使用していた俺は、アポーストルがこの状況に耐えれるのかと気になったが・・・。


「僕の身体は特別製だからね」

「特別製?」

「創造主の其れを模して創られた此の身体は、決して強力な力は無いけど、あらゆる環境に順応出来るし、刻の概念から外れているしね」

「なるほどな」


 そんなアポーストルの言葉に納得する。


「それに、僕は長居するつもりは無いし」

「そうか」

「当然でしょ?僕だって、この先に向けて忙しいんだから」


 俺は一言も不満を述べていないのだが、アポーストルの口調はキツイものだった。


(ただ、内容は此奴も覚悟を決めているという事だろう・・・)


 此奴に待っている未来は俺が勝っても、万が一守人側が勝ってもスラーヴァも居るのだし、決して易しいものじゃ無いのだ。


「それじゃあ、次に会うのは決着の着いた時だな」

「そうだね。其れが最後さ」


 背中に語り掛けた俺に、そのまま応えたアポーストル。


「・・・」

「・・・」


 互いに無言のまま別れた俺とアポーストル。

 俺は闇の翼を広げジェールトヴァ大陸へと降下していくのだった。

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