第620話
肌に厳しい空の風を全身に浴びながら目的地へと進んで行く。
静寂の時を刻み出して、もう一時間位は経ったのだろうか?
「・・・」
「どうしたの?」
「何がだ?」
「話を聞いて怖気付いたのかい?」
「此れは、其れを避ける為に与えてくれたんだろ?」
俺に背を向けたまま、挑発的な問いを淡々と口にするアポーストル。
俺はアイテムポーチから大魔導辞典を取り出し指で打ち、その音で彼女の与えてくれた魔法の存在を示した。
「そうだったね・・・」
「・・・」
「・・・」
再び無言になる俺とアポーストル。
視線を落としていると眼下には見慣れたリアタフテ家の屋敷が見え、学院を出発してからの時間が十分程しか経っていなかった事に、落ちていた視線を上げる事が出来ないのだった。
(ジェールトヴァ大陸・・・、ね)
俺はアポーストルの杖の後部に座り、スタージュ学院の学院長室でのやり取りを思い返すのだった。
「ジェールトヴァ大陸って、どんな所なんですか?」
地図に無い島とも呼ばれているらしいが、その理由も良く分からないし、何よりデリジャンの反応が気になった。
「地図に無い島・・・」
「そう呼ばれているらしいですね」
「司は召喚者じゃし、そもそも、好んで近付く事もあるまいと教えられなかったのじゃろう」
「はぁ・・・」
「然も、どの国の教育機関でも、指導要領からは外れているからの」
教える必要の無い場所という事か・・・。
確かに学院に通っている時の地理の授業でそんな名前を聞いた事は一度も無かった。
(地理や法に関しての授業は、生活に困らない為に絶対聞き逃さなかったしな)
「でも、其処は誰でも知っていると聞きましたが?」
俺は以前に其れを聞いたアポーストルの方を横目に見ながら、デリジャンへと問い掛けた。
「うむ・・・」
「・・・」
「確かに地図に無い島の話は、此の世界の者なら一度は聞いた事があるじゃろう」
「悪さをする子は地図無し島に・・・、ってね」
「アポーストル?」
「そうじゃの・・・」
突然口を開き、歌う様なリズムで声を漏らしたアポーストル。
リズムそのものは楽しげなものだったが、地図無し島というフレーズの異様さに、言い様の無い不気味さを感じた。
「子供への躾に使うものなんですね」
「正確にはそれだけでも無いがの」
「じゃあ、口減らし的な話ですか?」
「・・・そうではない」
「え?」
「そういう立場の者の話では無いのだ・・・」
俺の想像を即座に否定したデリジャンが続けた説明は、子を持つ親としてはあまり気持ちの良いものでは無かった。
「貴族や冒険者の子・・・」
「そうじゃ。婚姻前の貴族が自由恋愛で宿した存在しては困る子や、旅を続ける冒険者同士の子や、旅の途中で狼藉を受けた冒険者の子など、其々の事情は様々じゃがの」
「・・・」
「そういった子達を売買する組織があるのじゃが、魔法などの分かり易い素質を持つ子ならば、其奴等も育てて利益を得るが、そうなれぬ子はジェールトヴァ大陸へと捨てに行くのじゃ」
「・・・」
確かに魔法の素質なら、颯と凪が受けた検査の様に、赤児の頃に将来的な力が分かるだろうが・・・。
「勝手なものじゃな・・・」
「・・・」
俺が口にすれば陳腐か台詞なのだろうが、かなりの年月を刻んで来たデリジャンが複雑な表情で口にすると、敢えての簡潔な物言いには様々な深慮が見て取れた。
「ですが・・・。何故、其処を?」
「将来的な素質が無いからと殺せば、より重い法に触れるからの」
「はぁ・・・」
「かと言って、全てを育てれば、顧客との契約にも触れてしまうしの」
確かに、貴族の産み落とした子が将来親の元に現れたりすれば、その貴族にとっては一大事だろうが・・・。
「ジェールトヴァ大陸に捨ててしまえば、そう長くは無いからの・・・」
「かなり過酷な環境なんですね?」
「・・・」
「学院長?」
「人の夢の成れの果て・・・」
「え?」
「ジェールトヴァ大陸とはそういう所なのじゃ・・・」
遠くを見ながらそう口にしたデリジャン。
其の表情は、捨てられた子達の話をする時よりも複雑な表情にもみえたのだった。
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