第609話


「パパー‼︎」


 飛んで来た俺を心配する声に、凪の無事を知り、当然の事だったが安堵する。


(まぁ、全力でケンイチが守るだろうし、心配は無いんだがな)


「こんなに早く、奥の手を切って良かったのか?」

「司こそ、そんなにのんびりしてたら、瞬きの最中に落としちゃうよ?」

「恐ろしい事を言うなよ?」


 勝負を考えると、此処から持久戦に持ち込むのも一つの手の為、俺はルチルの挑発にとりあえずは応えない。


(まぁ、此処から有無を言わせない猛攻が始まるんだが・・・)


「な‼︎」


 最後の一声に気合いを込め、全身を覆う闇に魔力を注ぎ込む。


「やあぁぁぁーーーっっっ‼︎」

「っっっ‼︎」


 咆哮と共に一気に俺の眼下に潜り込んで来たルチル。

 間合いを詰めた勢いのまま放たれた打ち上げる様な肘打ちを、俺は固めた両腕の防御受け止めたが、全身を巡る衝撃に、自身の脳が揺れるのを感じた。


「まだまだまだぁぁぁ‼︎」

「くっ‼︎」

「せぃっ‼︎やぁっ‼︎はぁぁぁ‼︎」


 俺に防御を解かせない様にする様な、ルチルの怒涛の連撃。

 一見、乱雑に感じるルチルの攻撃だったが、実際は固めた防御に俺の視界は狭められ、ルチルの小柄な身体を正確に捉えられなくなっていた。


(防戦一方の、この状況は不味いなぁ・・・)


 視界を徐々に失っていき、防御を固める両腕の力も抜けていく。


「グッ・・・、剣ッ‼︎」


 ルチルの力を信用した危険な手段となるが、俺は背に漆黒の双刃を詠唱し・・・。


「はぁっ‼︎」


 ルチルへと向け双刃を突き刺した・・・、次の瞬間。


「・・・ぅぅ」


 激しい連撃が止み、唸り声を縛り出す様に息を吐く。


(どうなった・・・?)


 両腕はまだ痺れで動かせず、視界は取り戻せないが、瞳に届く微かな光がルチルの無事は教えるが・・・。


「非道いな〜・・・、司」


 声が届いた事で確信に変わる。


(剣は・・・)


 自身の放った剣の魔力を探ると、双刃は地面に突き刺っている。


(躱されたかっ‼︎)


 武闘纏命で掻き消される可能性が高いとみていたが、予想は完全に外れる。


(発光で位置を掴もうと思ったんだが・・・)


 気配は感じるのだが、ルチルは殆ど魔流脈に魔力が流れていない為、魔力でルチルの位置を掴む事は難しい。


「はぁっ‼︎」

「ぐぅぅぅ‼︎」


 完全に戦況はルチルの思うがままで、脇腹に蹴りをいれられ、俺は情けない声を漏らしてしまう。


(でも、今なら・・・)


 蹴りが届くという事は、ルチルは今間合いの中に居るという事。

 俺は自身の右足に魔力を注ぎ・・・。


「がぁぁぁ‼︎」


 両腕の防御を解きながら、眼前に居るルチルへと蹴りを突き刺した。


「・・・あ?」


 ルチルへと着弾し、其の身体を吹き飛ばす予定だった俺の右足に伝わって来たのは、まるで鋼鉄でも蹴りを喰らわしたかの様な感覚で、俺の蹴りは武闘纏命の光に止められ、ルチルの身体には届いていないのだった。


「残・・・」


 ルチルは宙で止まっていた俺の右足を掴み・・・。


「念‼︎」


 無防備になった俺の股の中央に鎮座する。

 真田さんちの司くんへと、無情な蹴りを打ち上げて来た。


「っっっ⁈」


 掴まれていた右足を解き、背後へと地面を転がる俺。


「あっっっぶねぇーーー‼︎」


 間一髪のところ、ルチルの蹴りを躱した俺は、全身の毛穴から冷や汗が出るのを感じる。


「それは、反則だろうが⁈」


 ルチルへと悪態をつきながら、何とか体勢を戻し、立ち上がる為に地面に膝を突いた・・・、刹那。


「っ⁈」


 片足の太腿に何かが乗るのを感じ、次の瞬間には視界が一瞬で影に覆われ、反射的に顔面を守る顔の正面を防御するが・・・。


「がっ⁈」


 其れを嘲笑うかの様に、両側頭部へと閃光の衝撃が走り、自身の脳が揺れる不快感を感じた。


「これで・・・」

「くっ‼︎」


 地面に両手、両膝を突き、蹲った俺の股にルチルの腕がまわり持ち上げられる。


(不味い‼︎此れは・・・‼︎)


 頭も完全にルチルの両腿で挟まれて、後は落とされるだけという、神様の使用する技の形になってしまう。


「くっそぉぉぉ‼︎」


 ロックされた足をバタつかせるが、それを解く事を出来ない。

 それでも、何とかと悪足掻きを続けるが・・・。


「行くよ?」

「っっっ‼︎」


 ルチルの身体が一瞬飛び、自身の身体に不思議な浮遊感を感じた・・・、刹那。


「翼‼︎」

「⁈」


 闇の翼を詠唱し、地面への風を起こす様に翼をはためかせ、地面へと突き刺される筈だった頭を守る事に成功した。


「話が違うよ、司?」

「飛んではいないだろう?」


 体勢を立て直しながら、俺はルチルへと応えたのだった。

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