第608話


「行くよ?司」

「あぁ。試験に落ちても恨むなよ?」

「・・・上等‼︎」


 試験開始が告げられ、俺とルチル睨み合いのまま百程数えただろう。

 やっと開いた口からは、互いに挑発的にして、交戦的な台詞が出て来た。


「頑張れー、パパー‼︎」


 そんな様子を見守っていた凪から、俺への応援が飛んで来る。


(ルチルには悪いが、元より手心等加えられないんだよな)


 最愛の娘の前でカッコ悪いところはみせられないと、俺は十数える内には動き出しそうな戦況に備え・・・。


「叛逆者の証たる常闇の装束‼︎」


 漆黒の装衣を纏った。


「そんな薄着で・・・」


 其の小柄な身体を矢の様に番、弓を引き絞る迄の間は一瞬。

 対面から一閃、駆け出したルチルは、俺迄三跳びの距離で視界から消えてしまう。


「っ‼︎」

「良いの‼︎」


 思考の間を消費せず、剣を構えながらも一跳び、バックステップで後ろへと飛ぶ俺。

 その視界に再び現れたルチルは、其の全身を地面に貼り付ける様な体勢で、右脚払いを放ち終え、俺へと其の藍色の双眸を向けていた。


「充分・・・」


 俺は構えた剣を持つ掌に力を込め、左足の指先を地面へと突き刺し・・・。


「だっっっ‼︎」


 右足を蹴り上げた。


「っ⁈」


 僅かな差ながら、俺の方が足のリーチが有る為、ルチルは攻撃の範囲内。

 然し、素早く地面を転げ躱したルチルに、俺の右足は虚しく宙を斬り裂いたのだった。


(フェイントは通用した様だが互いの初手と同様、俺とルチルの間には倍とは言えない迄も、かなりの素早さの差があるからな)


「狩人達の狂想曲‼︎」


 その差を埋める為には、俺だけの持つ手数と遠距離攻撃とばかりに、俺は三連無詠唱で三頭の闇の狼達を生み出した。


「来るかい?」

「あぁ‼︎」


 ルチルとの模擬戦は既に数えきれない程行って来たが、最低限のルールとして、翼と門は使用していない。


(それでは、俺の訓練にはならないからな・・・)


 無論、ルチルが地上から石塊でも投擲すれば、攻撃手段が無い訳では無いが、当たり所が悪いと生死に関わる。

 その為、手持ちの魔法の中で最速の迅疾たる蒼半月も使用出来なかった。


「駆れぇぇぇ‼︎」


 俺の檄に応え、ルチルへ向かい大地を蹴り出す、従順な闇の狼達。


「よっ・・・」


 ルチルは素早く地面から身体を起こし、立ち上がった時には迎撃体勢を整えていた。


「とぉぉぉ‼︎」


 気合い一閃。

 しなやかに蹴り上げた右脚は、その美しさに淡い光の装飾を施し、先頭を駆けていた闇の狼を掻き消した。


(あれは武闘纏命の力だが、まだ全力では無いな・・・)


 身体能力と体術では成長著しく、ケンイチやユンガーに迫る勢いのルチルだったが、生命力を使用し爆発的な力を得る武闘纏命に付いては、その二人には敵わず、全身に其れを纏うのはここぞという時だけだった。


(まぁ、あの器用さはケンイチも認めているところだが・・・)


 ケンイチは逆に、拳や足だけに其れを纏わせる事は苦手らしく、抜群の生命力を使用し、常にフルパワーで生命力を垂れ流している状況なのだ。


「あぁん?」

「・・・」


 野生の勘だろう。

 俺の心の声から、自身への評価を聞き取ったらしいケンイチは、免許皆伝の重要な模擬戦の最中に俺へと威嚇して来ていた。


「余所見してて良いのっ?」


 既に二頭の狼達も掻き消し終えていたルチルは、俺との間合いを詰める最中、此方を気遣う様な台詞を吐いて来た。


「いや・・・」


 其れに応える頭の二音を発した・・・、次の瞬間。


「衣‼︎」

「そんな・・・、っ⁈」


 闇の衣を詠唱した俺に、自身に対する捕縛や、払いを想定したルチル。

 然し、闇の衣は構えたルチルに応える事は無く、ルチルの藍色の双眸を塞ぐ様に広がりその視界を奪った。


「幻・・・」


 ルチルから闇に紛れる様にした俺は、静寂の詠唱を行い、自身の幻影を生み出し、ルチルの死角を突かせる。


「くっ‼︎」


 視界を取り戻す為にルチルが選んだ選択肢は・・・。


「はあああぁぁぁ・・・」

「ちっ‼︎」


 ルチルの発する限界迄落とした低音。

 其れに呼応するかの様に、大気の振動が肌に伝わって来て、全身に鳥肌が立つ。


「あああぁぁぁーーー‼︎」


 限界迄低音へと落としていた声を、開放するかの様に天へと撃ち上げられた高音。


「っっっ‼︎」


 次の瞬間、ルチルから発され、其処を中心に広がった衝撃波を伴う閃光。

 俺は必死に堪える様に足に力を込めつつ、ルチルへと広げていた闇の衣に魔力を流す。


「・・・」


 やがて衝撃波が収まり、然し、淡い光だけは眼前へと残る。


「・・・来たか?」

「・・・」


 俺の質問に最初答えなかった、全身に武闘纏命の淡い光を纏ったルチル。


「さあ、本番だよ?」


 戯けた様に小首を傾げ、其の掌に捕らえていた俺の幻影を握り潰し、短く告げて来たのだった。

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