第601話


「一緒に行って良いの?」

「あぁ。勿論、挨拶の為だから、パパとグロームが闘っている間は、離れた場所に居なければ駄目だよ」

「分かったわ」


 俺の言葉に素直に頷く凪。

 此処は屋敷の領主執務室。

 リアタフテの鍵穴の在り処がアウレアイッラと判明した為、先々の事を考え、実際に楽園への鍵を開ける際の円滑な進行を狙い、凪を俺のグローム討伐に同行させる事にしたのだった。


「じゃあ、司、此れをお願いね」

「あぁ、助かるよ」


 ローズの差し出して来た封書を受け取ると、其処にはリアタフテ家の家紋が刻まれていた。

 中にはリアタフテ家と召喚者とのこれ迄の関係を、現領主であるローズの記した書状が入っているのだ。


(ケンイチと俺の二代続けての召喚や、外部から来訪した召喚者との繋がり、そういった内容も含めて、サンクテュエールだけでは無く、リアタフテ家としても改めて良好な関係を築きたいって内容な訳だが)


 要は、凪が鍵穴を開ける際に便宜を図って頂きたいという、正式な申し込みを考えての事だ。


「ただ、鍵を開ける際は、神木の防衛も考えなければいけないし、どの位の戦力を彼方に連れて行けるかな?」

「グラン様。そうですね」


 グランの言う通り、此処リアタフテ領も決戦の際には激戦区になるのは必至なのだ。


「勿論、ディアの向かう先にも、派遣出来る準備をしないと」

「ママ。ありがとう」

「颯、当然よ。ディアだって、リアタフテの子も同然なのだから」


 ローズの言葉に、そのクリクリとした双眸を輝かせ、安堵を示した颯。

 ディアは、何の繋がりもない巨人族の郷へと向かわなければならず、最も困難な役目になるのだ。


(ジェアンを頼ろうにも、追放されたって話だし、アポーストルを頼るにしても巨人族との関係は微妙な感じがするしなぁ)


 巨人族は楽園から追放された存在だし、生み出したのは創造主となる。

 そうなると、アポーストルは連中にとって上位の存在では無く、対等に近い関係だろう。

 何より、狐の獣人はそもそも存在しないのだし、其れが伝承として伝わっていたら、ディアに対してどういう反応をみせるか不安があった。


(モナールカには貸しもあるし、狐の獣人の一族としての巨人族に対する協力を求めて貰うか?)


 モナールカとて、九尾達が守人達にあんな扱いを受けている事には思うところもあるだろうし、ディアはミラーシの長になって以降、郷の復興を成功させた実績もあるのだし、其れ迄も一族の為に汚れ仕事等を行って来た事に対して、現在ミラーシで暮らす者達からは、信任を得ている様子で、そのディアを守る事は可能性としては低くないだろう。


(狐の獣人の一族にとって、ルーツは人族な訳なのだしな)


「とにかく、ディアとも話してみるよ」

「そうね。お母様も此方に戻るって言ってたから、顔を見せる様に言っておいてね」

「リール様が・・・。分かったよ」



 こうして、屋敷からミラーシへと向かった俺だったのだが・・・。


「やだ‼︎」

「ディア・・・。どうしてだ?」

「だって、そんなさむそうなとこに、いきたくないもんっ‼︎」

「・・・」


 これ迄、秘術で楽園への扉を開く事に対して、何の不満も漏らさなかったディア。

 然し、自身の向かう場所が、北の果てにある巨人族の郷と分かり、幼児形態で駄々を捏ね始めてしまった。


「そういえば、リール様が屋敷に来るらしいから、顔を見せる様にってローズが言ってたぞ?」

「え⁈ママがっ?」

「あぁ。ディアが来てくれたら、リール様も喜ぶだろうし、勿論、皆んなも会いたがっているし」

「いくっ‼︎」

「あぁ。じゃあ、日程が決まったら連絡するよ」

「わかったっ」

「・・・」


 長の椅子から落ちそうな勢いで返事をして来たディア。

 俺はその様子を見て、説得はリールに頼む事にしたのだった。


「そういえば、巨人族と交流なんて無いよな?」

「ない‼︎」

「やっぱりかぁ・・・」

「なに?」

「あぁ。俺達も交流が無いから、実際に向かった時にどう活動をしようかなと思ってな」

「かってにやればいい」

「・・・」


 豪胆なディアの意見に、壁際に控えている護衛達が頷くのを見て、俺は続きの言葉を見つける事が出来なかった。


(此奴等は本当、無駄にプライドが高いんだよなぁ)


 勿論、巨人族の連中が俺達の活動そのものを邪魔して来たら、争って強行するつもりだが、出来る事なら背中に不安が無い状況を作るのが定石なのだが・・・。


「守人達の中には、巨人族の重罪人も居るし、交渉の余地はあると思うんだがな?」

「ひつようないっ」

「モナールカに書簡を頼んでみないか?」

「・・・」

「お前が嫌なら、俺が会いたいと言っていると伝えてくれないか?」

「いいっ‼︎」

「ディア・・・」


 外方を向いたディアに、途方に暮れそうになったが・・・。


「じぶんでする・・・」

「ディア」

「だから、いい‼︎」


 そのままの姿勢で頬を膨らませながら告げて来たディア。


「そうか、分かったよ」

「・・・」

「ディア」

「・・・なに?」

「たとえ、彼奴が協力してくれなくても、俺とローズが必ずお前を守る方法を考えるから心配する必要はないぞ?」

「・・・」

「・・・」

「わかってるっ」

「そうか」


 短く応えたディアの頬は、熟れた果実の様に赤く染まっていたのだった。

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