第591話


「ルーナ」

「了解です」


 フェルトからの呼び掛けに応えたルーナ。

 その背に搭載された飛行装置に、眼を凝らさない気付けない様な微かな反応がみえた瞬間。


「行きます‼︎」

「おぉぉ・・・」


 大地を蹴り空へと駆け出したルーナに、飛行機能自体は見た事があったが、俺は感嘆の声を上げてしまう。


「どうですか、司様?」

「あぁ、凄いぞルーナ」

「ふふふ、子供ねぇ」


 俺とルーナのやり取りに笑みを浮かべ、母親の様な反応をみせるフェルト。


「マスター」

「ええ、お願い」


 手足にある制御装置で、宙での姿勢を整えたルーナは、アイテムポーチからライフルを取り出し構える。


「フェルト」

「何かしら?」

「どん・・・、っ⁈」


 フェルトとルーナがどんな手順でゼムリャーに挑むのか?

 其れを確認しようとした俺だったが、其れは空からの激しい銃撃の雨に搔き消された。


「おい‼︎」

「ふふふ、見ての通りよ?」

「っ‼︎」


 俺への質問の答えだろうが、笑みを浮かべ告げて来たフェルト。

 ルーナが牽制をし、その間に詠唱を結ぶつもりなのだろうが・・・。


「ゴオォォォ・・・」


 通常の魔物なら、数十匹を蜂の巣に変えてしまいそうな銃撃。

 其れを受けたゼムリャーは多少外殻が削れていたが、仕方ないと溜息を漏らす様に低く鳴き声を響かせただけだった。


「でも、威力は上がっている?」

「ええ。蓄蔵されている総魔力量が上がっているのと、人工魔流脈に神龍の血脈を使用している事で、秒間に使用出来る魔力が増えているのよ」

「なるほどな」


 リョート程では無いとはいえ、ゼムリャーもかなりの堅さを誇る神龍で、外殻に傷を負わせるのは、初めて此奴と会った当時のルーナでは至難の業だった筈。


(この威力ならアゴーニくらいなら撃ち落とすかもな)


「・・・」


 そうは言っても、銃撃を受けたゼムリャーは依然として健在で、動かざること山の如しよろしく、視線を遠く水平線へと向け、ルーナからは外方を向く形になっていた。


「どうするつもりなんだ?」

「慌てないの、司」

「慌てないのってなぁ」

「少しは神龍さんを見習ったらどう?」

「・・・」

「ふふふ。いじけないの」

「別に」


 揶揄う様なフェルトの言葉に、俺は表情を変えずに流したが、それに気にした様子もなくフェルトは少し前へと歩み出た。


「何をする気だ?」

「ふふふ。神龍さんにいやでも動いて貰おうと思って」

「え?」

「邪魔にならない様に空に行ってなさい」

「・・・あぁ」


 子供に言い聞かせる様なフェルト。

 その落ち着いた口調はいつもの其れとは少し異質なものが混じっていて、俺は言う通りに空へと向かう。


(自信のある態度はいつも通りだが、秘術の威力に対して確信を持っているのか?)


 実験段階では、俺よりも冷静な部分もあるフェルトの態度に、俺は其れを信じてみる事にした。


「ルーナ、始めるわ」

「了解です。マスター」


 フェルトから掛かった声に、ルーナはフェルトとゼムリャーの中間の空へと翔ける。


(ルーナの飛行装置の制御は完璧の様だな)


 ルーナが移動し終えたのを確認にしたフェルトは、日頃どうやって研究器具を持っているか不思議に感じる細い腕をゼムリャーへと伸ばし詠唱を開始した。


「っ⁈」


 フェルトが詠唱を開始すると、人工魔流脈を施した装衣に光の流れが生まれ、其の全体を淡い光が包んだ。


「あれは・・・、魔力の流れか」


 瞳に魔力を流し、其の流脈を見据えると、光の正体が魔力である事が判明する。


「でも、あれは・・・」


 装衣を流れる其れは、上質にして、無尽蔵と言えるもので、フェルトが以前言っていた事を真実と示すものだった。


「ゴオッッッオオオーーーンンン‼︎」

「っ⁈ゼムリャー‼︎」


 フェルトが詠唱を開始すると、今迄岩山の姿勢だったゼムリャーは、突如として立ち上がり、其の双眸でフェルトを捉えた。


「準備はいい、ルーナ?」

「勿論です。マスター」

「ふふふ、いい子ね」


 そんな様子にも余裕のフェルトとルーナ。

 ゼムリャーはそんな二人に対し、炎の侵掠を開始したのだった。

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