第590話


「司様‼︎ご無事で良かったです」

「あぁ、ルーナ」

「今回は早いお迎えね?」

「フェルト・・・。まぁな」

「ふふふ」


 俺の心配をしてくれるルーナと、しっかりと嫌味を言い、笑みを浮かべるフェルト。


(まぁ、心配してくれてたんだよな?)


 若干の願望も込めてそんな風に考えた俺。


「ゴゴゴオオオォォォ・・・」

「ん?」


 そんな俺の耳に飛び込んで来たのは、低く響き渡る雷鳴の様な音。


「ゼムリャー・・・」


 土の神龍にして、ドワーフ達の上質な鉱山代わりもしているゼムリャー。

 今日は本島の方に来ているらしく、鼾の様な鳴き声を上げ、山を築く様に鎮座していた。


「丁度いいところに顔を出したわね」

「え?」


 何やら不穏な空気を感じさせる台詞を吐くフェルトに、俺は短く疑問の声を上げたが、フェルトは其れには答えず、アイテムポーチから人工魔流脈の装衣を取り出していた。


「完成したのか?」

「ええ。もう、試運転は済んでいるわ」

「え?いつ・・・」

「此処にて来て直ぐよ。ルーナの飛行機能と同時に確認したのよ」

「そうだったのかぁ・・・」


 俺に応えながらも装衣を纏うフェルトに、俺は緊張感を増していく。


「ルーナ」

「はい、マスター」

「本番を始めるけれど、準備は良いかしら?」

「お、おいっ、準備って?」

「勿論、万端です」

「ふふふ、いい子ね」


 態と俺を無視した様にやり取りを進めていくルーナとフェルト。


「待て‼︎」

「どうかしましたか、司様?」

「ふふふ、戦場から来たから、猛っているのかしら?」

「何をするつもりだ?」

「人工魔流脈の実験の本番を開始するつもりよ?」

「本番って?さっき、試運転はしたって・・・」

「秘術に耐えれるか、分からないでしょ?」

「・・・っ⁈」

「ふふふ」


 揶揄う様な笑みを口元に浮かべ、然も当然の様に告げて来たフェルト。


「それは分かるが、それとゼムリャーの関係はなんだ?」

「当然、実験体になって貰うに決まってるでしょ?」

「な、何を・・・」


 自身の増していた緊張感と、嫌な予感が間違い無かった事を理解し、それでも目の前で落ち着いた様子でいるフェルトに、ただただ唖然とするしか出来ずにいた俺だが、そんな事ばかりもいってられない。


「普通に使用して確かめれば良いだろう?」

「駄目よ」

「何故だ?」

「ザックシールの秘術は、貴方の娘や、狐の獣人、それにあの時の失礼な女の使用するものとは違って、対象が居なければ、其の効果がちゃんと発動しているか確かめられないのよ」

「それは大丈夫だ」

「どうしたかしら?いつになく強気ねぇ?」

「あぁ。実はな・・・」


 俺はフェルトへと、神木の事と国王からの連絡を説明し、既に秘術を持つ者達が、間違いなく会得していると説明した。


「あら、そうだったの?」

「あぁ。フェルトは間違いなく秘術を使えるんだ。だから、実験の必要は無いよ」

「そう・・・、分かったわ」

「そうか、分かっ・・・」

「じゃあ、始めるわよ。ルーナ」

「了解です。マスター」

「な⁈だから、必要ないって」

「ふふふ。ごめんなさい、司」

「フェルト、お前」

「でもね、私は自分の眼で確かめた事しか信じないわ」

「・・・」


 分かっていると言ってしまいそうになる程、らしい答えを示して来たフェルト。


「せめて、明日にしないか?」

「どうしてかしら?」

「クズネーツに許可を得る必要があるだろう」

「許可なら取って来たわよ」

「な・・・?」

「ふふふ、こんな子供みたいな嘘は吐かないわ」

「俺も体力的にキツイんだよ」

「司は邪魔にならない場所で見ててくれれば良いわ」

「正気か?」

「ふふふ。ええ」

「大丈夫です。司様」

「ルーナ迄・・・」


 フェルトの秘術にどれ程の威力が有るかは分からないが、他と同程度と考えると、確かにゼムリャーを倒す事は不可能では無いだろう。

 ただ、フェルトの魔法の腕がどの程度か分からないし、凪の様に無詠唱での使用は不可能と考えて問題無い筈。


(ただ、こうなると納得はしないからなぁ)


「分かったよ。ただ、危なくなったら止めるぞ?」

「ふふふ。頼りにしているわよ」

「行ってきます。司様」


 そう言って二人で確認を始めたフェルトとルーナ。


(最悪、門で捕まえて転移の護符で逃げるしかないな)


 俺はボロボロの身体に鞭を打つ様に、そんな事を心に決めたのだった。

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