第589話


「そうだったのね」

「あぁ、すまなかった」

「申し訳ありません。お嬢様」

「ううん。二人が無事だったなら良いのよ」


 神木に調査に行って以降の事をローズへと説明し、連絡をせずにいなくなった事への謝罪をした俺とアナスタシア。

 ローズは俺達からの連絡が無かった為、神木へと人を送り、消えた俺達に、通信石の使用の検討をしていたのだった。


「でも、陛下から連絡のあったっていう塔の件が気になるわね」

「そうだな。其処が凪の鍵穴である可能性もあるしな」

「そうね。でも、正直言うと、其処であってくれるのなら助かるのだけれど」

「あぁ」


 フェデラシオン連合国は同じ大陸だし、サンクテュエールから信頼の出来る軍を送る事も関係上難しくはないのだった。


「凪は?」

「さっき、目を覚ましたわ」

「そうか・・・」

「会ってあげてね?」

「勿論だよ」


 また、屋敷をあける事になる俺は、ローズに即答して凪の部屋へと向かうのだった。



「はいですにゃ?」


 凪の部屋のドアをノックすると、中からアンの返事が聞こえて来た。


「俺だ。入っていいか?」

「ご主人様。どうぞですにゃ」


 アンの返答に凪の部屋のドアを開けると・・・。


「お帰りなさいませにゃ」

「あぁ、ただいま」

「パパ・・・」

「凪・・・」


 ベッドの上で布団を掛け、身体を目一杯休ませる様に、だらんと座っている凪。

 姿勢は勿論だったが、その表情からもかなりの疲労が見て取れたのだった。


「お疲れ様、凪」

「パパ・・・、うん」


 何処か淡い光を浮かべ、夢見心地の様にみえる凪の双眸は、然し、ハッキリと俺へと伝えたい事がある事を示していた。


「では、アンはこの辺で・・・」

「アン」

「はいにゃ?」

「居て・・・」

「お嬢様?」


 俺と凪の間に流れる空気に、部屋から出ていこうとしたアン。

 然し、凪はその背中に懇願する様な声を掛けた。


「パパはまた直ぐに出ちゃうから」

「ご主人様?」

「あぁ、すまんが、そうなるな」

「・・・」


 端的に事実を告げる俺に、アンからは若干だが非難めいた視線が送られて来る。


「一人にしないで」

「お嬢様・・・、勿論にゃ‼︎」

「・・・ありがとう」


 力強く応えるアンに、視線を遠くに向けて礼を述べた凪。


「凪・・・」

「パパ、ヴェーチルはね。ずっと私を待っていたのよ?」

「あぁ、そうだな」

「あんなに傷だらけになって」

「・・・」

「私が、もう少し早く・・・」

「関係無いさ」

「パパ」

「凪が自分を責める必要なんてないんだよ」

「・・・」


 あの暴風の中で、凪とヴェーチルにどんなやり取りがあったのかは分からないが、自分の事を責める凪。


「秘術に付いてだけど・・・」

「大丈夫だよ。ちゃんとあの時に見てたから」

「え?じゃあ?」

「うん。ヴェーチルが私の中に入って魔法を使った時、ちゃんと私も自分の中に居て、全部見ていたし、感じていたから」

「そうか・・・」


 若干心配していた部分だったが、凪は完全に秘術を掴んでいる様子で・・・。


(あれ程の魔法を無詠唱で使用して、疲労はあるとはいえその日の内に目を覚ますなんて)


 我が子の恐ろしさと誇らしさを同時に抱かせてくれる光景を思い出し、言葉をどう続ければいいのか分からない俺。


「パパ」

「どうした?」

「私、まだ疲れてるみたい?」

「そうか、ゆっくり眠るといいよ」

「うん、そうするね・・・」


 俺に応えてベッドに沈み、布団を胸迄掛けた凪。


「パパ、おはようは?」

「ごめんな。難しいと思うよ」

「そうなんだ・・・」

「・・・」


 応えた俺から視線を外したのは一瞬、凪は直ぐに俺の眼を見て来て・・・。


「なら、おやすみチューして」


 瞳を閉じてそう言って来た。


「あぁ・・・」


 凪の隣に立った俺は、閉じた瞳に掛かるその前髪を上げ、おでこに軽く唇を触れさせる。


「気を付けてね、パパ」

「あぁ。行ってきます」


 凪に背を向けその部屋を後にした俺は、疲れた身体を引きずる様にしながら次の目的地に飛ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る