第588話


「でも、本当に大丈夫か?」

「さっきも言ったさね?」

「あぁ・・・」

「司は優しい子だねぇ」

「ええ、その通りです」


 再度確認した俺は、ジェアンとアナスタシアからお褒めの言葉を頂いたが、その言葉に秘められた本当の意味は、ジェアンを思いやる気持ち半分。

 そして、もう半分は・・・。


(また、殺気を増して来てるな・・・)


 此方に向けられる其れはかなり不安定なものになっていて、このままにして置く事は、もう目前迄迫っている守人達との最終決戦に向けて、碌な未来を想像させなかった。

 その為、此処でジェアンに高度な治療を準備する事で、敵意がない事を証明するのが一つ。

 もう一つは、これ迄此処の連中を外界に放たない様に抑えて来てくれていたジェアンの身体を治し、現在の態勢を維持する事で此の大陸に暮らす者達の生活を守る意味もあるのだ。


(それに大義名分より何より、此の大陸には家族が暮らしているし、こんな危ない連中にウロウロされてはたまったもんじゃないしな)


 そう思ったのだが、上手く受け入れて貰う事が出来ず、今後の事を考えると此処の監視は続けたいが・・・。


「奴等が再び此処に来る可能性もあるだろうし、出来れば通信石を渡しておきたいが」

「通信石とは?」

「あぁ、それはな・・・」


 食い付いて来た梵天丸へと、通信石の説明を始める俺。


「ほお、そんな物が」

「俺との直通を、一つ梵天丸に渡しておこう」

「うむ。いいのではないか、長よ?」

「そうさね、あんたに任せるよ」

「うむ」

「ありがとう。助かるよ」


 ジェアンの許可を得た事で、俺はアイテムポーチから通信石を取り出し梵天丸へと渡す。


「ほお、これが」

「あぁ、使い方はな・・・」

「うむうむ」


 通信石に興味津々といった様子の梵天丸に、使用方法の説明をしながらも、俺は心の中で小さくガッツポーズをする。


(まぁ、先ずは此処からで良いだろう)


 此処に監視役を常時駐留させれれば最善だが、流石に其れは反発があるだろうし、先ずは不穏な動きの連絡を受けれる態勢を作るのが上策。


(凪も放ったままで来たし、フェルトとルーナを迎えに行く必要もあるから、此処に長居する訳にはいかないからなぁ)


 他にも鍵穴探しや、それに向けた護衛の編成、何より門のあるリアタフテ領に防衛網も引かなければいけない。

 やる事は山積みだし、俺個人で考えても、グロームとチマーの件もあるのだ。


「じゃあ、悪いがそろそろお暇するよ」

「失礼します」

「そうかい。気を付けてね」

「あぁ、ジェアンもな」


 ジェアンへと別れの挨拶をし、頷き合った俺とアナスタシアだったが・・・。


「おい、ラプラス?」


 座り込んだ姿勢のまま動かないラプラス。


「先に帰っていろ」

「え?お前は・・・?」

「暫く、此処に居る事にした」

「ダンジョンは大丈夫なのか?アークデーモン達が外で暴れ回ったりしないのか?」


 基本的にダンジョンの中こそが魔物達にとって住み心地の良い場所で、其処から出て来るという事は考え難いのだが、ラプラスの根城であるダンジョンに生息するアークデーモン達は、その高い知性が他の魔物達との大きな違いだし、特殊な動きをみせても不思議では無い。


「あり得んな」

「言い切るなぁ」

「当然であろう。奴等とて馬鹿では無いし、外に出て貴様の様な妙な存在と出会したくは無いだろう」

「・・・」

「くくく、安心せよ」

「そうかい」


 まぁ、此奴がアナスタシアが困る様な状況は望まないだろうし、何より・・・。


「くくく、何だ?気色の悪い」

「別に・・・。じゃあ、此れ」

「くくく、大儀である」


 俺から送られる視線に、結構な一言をくれたラプラス。

 俺はそんなラプラスへと、アイテムポーチから転移の護符を取り出し渡した。


(何より、此奴はアナスタシアの暮らす屋敷を心配して、此処に残ってくれるのだろうしな)


「じゃあ、先に戻るよ」

「お気を付けて、ラプラス様」

「くくく、ああ」


 俺とアナスタシアは別れの挨拶をし、屋敷へと飛んだのだった。

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