第587話
「それじゃあ、誰に?」
「誰にという訳でもないがな」
「そうか・・・」
「過去には、貴様が出会してない程の遣い手も居たのだ」
「なるほどな」
そう言われると、会った事のない俺は納得するしかない。
「正確には、奥さんと娘を守る為にだけどね」
「おいっ、貴様‼︎」
「いいじゃないかい?真実を教えてやれば?あんたの名誉もあるだろう?」
「それは・・・」
「・・・」
流石にアナスタシアの居る状況で、その続きを促すのも気まずく感じ、俺は無言になった。
「それで、奥さんと娘さんとは離れ離れになったのですか?」
「・・・」
「ラプラス様?」
「子供は何とか逃したんだけど、奥さんはラプラスを此処に逃がす為にね」
「・・・そうでしたか、すいません」
「構わぬ」
「・・・」
既にラプラスの中では決着のついている事なのか、話に乗り気ではない雰囲気は感じたが、其処迄沈んだ様子もみせる事はしなかった。
(寧ろ、感情が動いているのは・・・)
「・・・」
隣に立つアナスタシアはラプラスに謝罪した後、無言で何か考えている様だったが、纏う空気は明らかにピリついたものになっていた。
(ラプラスとの関係に、気付いているのか?)
其れは、決して直接問い掛ける事の出来ない内容だったが、アナスタシアが其処迄鈍いとは考え辛いのだった。
「だけど、奴等は何故今になって、此処を襲撃したんだろうな?」
「目的はハッキリしてるがな」
「梵天丸?目的って?」
「どうやら、スヴュートが狙いだったらしい」
「スヴュート?」
梵天丸の告げて来たスラーヴァ達の目的。
其れは、此処終末の大峡谷の空を漂っている光の神龍の名だった。
「スヴュートは?」
「うむ。狩られてしまった」
「・・・まぁ、そうなるか」
「かなり粘ったのだがな」
単純な力関係ならスヴュートが現在のスラーヴァに敵う可能性はゼロに近いだろうが、スラーヴァの魔法の中心は光の属性。
光の神龍であるスヴュートに対する効果は、そう高く無いのだ。
「じゃあ、何故お前達を?」
「うむ。恥ずかしい話だが、此処の者が連中に襲い掛かってな」
「なるほどな」
「本当に困ったものだ」
「・・・」
心底仕方のないといった表情で漏らした梵天丸。
確かに、放って置けば奴等が此処の連中に手出しをした可能性は低いかもしれないが、此処の連中にも言い分はあるだろう。
スラーヴァが仮面を被っているとはいえ、此処に居るのは魔物が多いから、嗅覚で人族であると判断出来るだろうし、そうなって来ると此処の連中からすれば恨むべき敵なのだろう。
「だけど、何の為にスヴュートを・・・」
「うむ。先程話した奇怪な男が、スヴュートの遺体から何かを取り出していた様なのだが」
「ムドレーツが・・・」
スヴュートから取り出す物と言われ、最初に想像したのは魔石なのだが・・・。
「魔石じゃないのか?」
「いや、魔石は置いていったのだ」
「置いていった・・・」
違和感はあるのだが、魔石ならば最初からそう言うだろうし、別のもので何か・・・。
「あっ・・・」
「司?心当たりがあるのか?」
「あ、あぁ」
スヴュートが持つもので、スラーヴァ達が欲しがるものといえば、一つだけ心当たりがある。
「ラプラス」
「ん?何だ?」
「スヴュートの持つ光の因子を、取り出す事って可能なのか?」
「通常、不可能だ。因子というのは明確な形を持つものでは無いからな」
「でも、通常って事は?」
「ムドレーツ」
「・・・」
「奴なら何らかの方法で可能かもな」
「なるほど。他にスヴュートから取れるもので、奴等が欲しがるものってあるか?」
「無いだろう。素材としての強度なら最低レベルだからな。寧ろ、貴様が因子に気付かなければ、奴から取りたいと思うものを、我も思いつかなかったであろう」
「そうか」
そうなると、スヴュートから因子を取り出し、スラーヴァの強化を図ったというのが妥当な線だろう。
(ただ、彼奴が今更其れを手に入れたところで、俺に魔法勝負を挑める事はないのだが・・・)
此れは決して傲り等ではなく、純然たる事実であり、剣術勝負なら奴に分があるが、魔法も含めた完全な一対一の状況なら、奴に負ける未来は想像出来ないのだ。
「・・・」
「司様、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
色々と考え無言になった俺に、心配そうに声を掛けて来たアナスタシア。
俺は其れに応えながらも、何とも言い様のない不安が、胸の奥に生まれていたのだった。
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