第586話
「其奴一人で現れたのか⁈」
「い、いや、違うが・・・」
「あ・・・、すまん」
「大丈夫だ」
掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄る俺に、流石に若干引き気味の梵天丸。
俺の此の態度は、スラーヴァが意外な所に現れたという、真の驚愕からのものでもあるが、一部には・・・。
(殺気は其処迄増して無いな・・・)
梵天丸が言い辛そうにした理由は、スラーヴァの使用する魔法から、俺との関係を此処の連中が疑わないかを心配しての事で、俺は梵天丸のアシストに応える態度を示したのだった。
「何やら奇怪な男が一人居たな」
「奇怪な?」
「うむ。我が言うのも何だが、人語を解すのが不思議な存在だったな」
梵天丸の言葉に思い浮かんだのは、ムドレーツの気色の悪い顔。
「アンデットの魔物の様な?」
「おお、知っていたのか?」
「あぁ、奴等は守人の一派だからな」
「あんらぁ、あんな連中も居たのかい」
どうやら、ジェアンはスラーヴァは勿論、ムドレーツも知らなかったらしく、意外そうな声を上げていた。
「今迄、此処が連中に狙われる事は無かったのか?」
「そうさねぇ、ゼロでは無いと聞くけど、あたしの代になってからは一度きりだね?」
「くく、まぁな」
「ラプラス様?」
ジェアンとラプラスのやり取りに引っかかるものを感じた俺。
アナスタシアも同じ気持ちだったらしく、疑問の声を漏らしていた。
「あんらぁ・・・、お嬢ちゃん?」
「すいません。申し遅れましたが、アナスタシアと申します」
「そうかい、お嬢ちゃんが・・・」
「はぁ・・・」
アナスタシアとの邂逅に感慨深げなジェアン。
当のアナスタシアはというと、そんなジェアンの態度に若干居心地悪そうにしていたのだった。
「おい、話を逸らすな」
「・・・そうだったね」
「・・・ふんっ」
「ふふふ」
そんなアナスタシアとジェアンのやり取りを打ち切るラプラス。
神木下でのやり取りを考えると、アナスタシアもラプラスに付いては何か勘付いている部分もあるだろうし、ラプラスとしてこの話を続けたくはないんだろうが・・・。
(まぁ、ジェアンがアナスタシアとラプラスの関係を喋る事は無さそうだけど、話を手早く終わらせる事には賛成だが)
「それで、ラプラス様?」
「ん?何だ?」
「ラプラス様は、其の一度きりの守人の此処への襲撃の件を、ご存知の様ですが?」
「う・・・」
「?」
分かり易く不味いという表情を浮かべるラプラスに、アナスタシアは首を傾げて可愛いらしい仕草をみせた。
「ぐっ」
「・・・」
「お、おいっ」
「ん?どうしたんだ?」
「敵にそんな戦力が居るなんて聞いてないぞ」
「あぁ」
「あぁ、だと?」
そんなやり取りを眺めていた俺に、若干無理矢理ラプラスから話が振られて来たが、其れを軽く受けてみせると、無駄に凄みをきかせながら此方を見て来るラプラス。
「だってお前は最強の魔人なんだし、何の問題も無いだろ?」
「ぅ・・・」
「それで、其の襲撃って?」
日頃揶揄われている事への意趣返し半分、本題を進めたい事も半分。
俺は何でも無い風に、ジェアンへと話の続きを促した。
「そうさね、あれはもう数十年前。此の悪ガキが前回の転生をしに来た時だったね」
「「え⁈」」
「ふんっ、我はもう知らんぞ」
「・・・」
遠くを眺めながら告げて来たジェアンに、俺とアナスタシアの驚きの声が揃い、そのまま四つの瞳をラプラスに向けたが、当のラプラスはいじけた様に外方を向き、話には加わらないという姿勢を示した。
「追い詰められ、此処迄逃げ延びて来たのさね」
「ラプラスが逃げ延びて?」
「ふんっ」
鼻を鳴らすラプラスだったが、此れは嫌味ではなく心底驚いたからだった。
(ラプラスを追い詰める程の遣い手が、連中に居るか?)
少なくともスラーヴァは俺が此の世界に召喚された時に誕生した存在で、ルグーンも戦闘能力は其処迄高く無いだろう。
そうなると可能性があるのは・・・。
「ナヴァルーニイにやられたのか?」
「ナヴァルーニイ?ほお・・・、懐かしい名だな」
「え?違うのか?」
外方を向いていたラプラスだったが、ナヴァルーニイの名に意外な反応を示して来たのだった。
然し、ラプラスのその口振りは、ナヴァルーニイの事は知っているが、やられた訳では無いし、何なら此の世界で会った事が無い様な感じがするが・・・。
「奴とは、楽園で会ったのが最後の記憶だ」
「そうだったのか・・・」
「中々やる奴であったろう?」
「あぁ、手強い相手だよ」
「精霊王」
「え?」
「其れが、奴の楽園での呼び名だ」
「精霊王・・・」
「くくく、まあ、我が敵わぬ程の相手では無いがな」
「まぁ・・・、そうか」
「くくく、当然であろう」
「流石、ラプラス様ですね」
「くくく、そうか?」
どうやら、大層な名を持つらしいナヴァルーニイ。
俺の対応にいつもの悠然とした態度を少し取り戻したラプラス。
アナスタシアも乗って来た事で、不敵な笑みを浮かべ完全に顔を此方に向けて来たのだった。
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