第585話


「おい‼︎」

「あん?・・・あんらぁ、ラプラスじゃないかい」

「ラプラスじゃないかいじゃない‼︎大丈夫なのか⁈」


 地面に草葉を引き、その上に横たわっていたジェアンは、突然のラプラスの登場にもいつもの調子で応える。


「悪ガキに心配される迄もないよ」

「くっ‼︎」

「・・・」


 強がってみせるジェアンだが、ラプラスの登場にみせた態度が物語っているが、状況は決して良いとはいえないだろう。


(驚きを示せる体力が残っていないんだ・・・)


 全身は梵天丸と同じく傷だらけで、流れる血こそ処置はしているが、その背に埋め込まれる様に存在している魔石は、以前にアナスタシアが危険な時に見た様に妖しく輝きを放っている。


「少し席を外す」


 声を発すると同時に、背を向け飛び出そうとした俺。

 行き先はフェルトの滞在するクズネーツで、彼奴なら此の状況もどうにか出来るだろう。


(ジェアン程の巨体を救うのにどれ程の神龍の血脈が必要かは分からないが、ちょうど彼処にはゼムリャーも居る事だし、申し訳ないがもう一度転生して貰うとしよう)


 然し、そんな風に考えた俺の背に飛んで来たのは・・・。


「待ちな」

「ジェアン⁈」

「何をしようとしてくれてるかは分かるんだけど、それは無用さね」

「何・・・、で?」

「よっこいしょ・・・、っ」


 ジェアンの断りの声で、そのまま傷付いた身体を起こしていた。


「以前に話した筈さね?」

「以前・・・、っ」

「そうさね。あたしは還る日が近付いているんだよ」

「ジェアン・・・」

「応急処置はしているし、徐々に傷は塞がっているし、直に問題ない位に治るさね」

「・・・」

「此奴の言う通りにしろ」

「ラプラス・・・」

「やっと落ち着いたみたいだね」

「ふんっ」

「・・・」


 正直、ジェアンには世話になっている様に感じていたし、何とか傷を治す術を選びたかったのだが、本人がこう言っている以上仕方がない。


「本当に大丈夫なんだな?」

「ふふふ、司は優しい子だね」

「そんな事は・・・」

「大丈夫さね。此れは神様からそろそろ引退しろって思し召しかもしれないさね」

「長よ・・・」

「あとの事は子供達に任せて、あたしはゆっくり過ごさせて貰うさね」

「うむ、そうしてくれ」


 ジェアンの言葉に頷く梵天丸。

 此奴もかなりボロボロなのだが、若いだけあり体力は問題ない様だった。


「でも、一体何があったんだ?」


 此処、終末の大峡谷に集まるのは、体内に魔石を持ち、其れが限界近く迄成長した者達。

 あまり力を行使すれば危険なのは確かだが、それでもかなりの実力者の集まりなのだ。


「襲撃を受けたのだ」

「襲撃?誰に?」

「分からない」

「分からないって・・・?」


 俺の問い掛けに答えてくれた梵天丸だったが、その犯人迄は分かっていないらしく、その曇った表情は隠し事をしている其れでない事を証明していたのだが・・・。


「・・・」

「どうした?梵天丸?」

「ん?う〜む・・・」

「ん?」


 曇った表情のままで、視線は何かを言いたげに俺に向けている梵天丸。


「すまんな、司よ」

「いや、俺も謝られる覚えがないからそう言われてもなぁ」

「うむ。実は、襲撃犯の中に、一人、気になる者が居てな」

「気になる?どんな奴だ?」

「・・・」


 俺が促すと、梵天丸は周囲を警戒する様にし、覚悟を決める様に頷き・・・。


「司と同じ種の魔法を使用する者なのだ」

「俺と・・・、同じ?」

「うむ。然し、其の者は司とは違い、その全てを光の力で行使し、素顔を仮面で隠していたがな」

「な⁈」


 梵天丸の言葉に俺の頭を過ったのは唯一人の男。

 それは、ディシプルでの闘いに姿を現さなかった、スラーヴァ其の人なのだった。

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