第584話
「此れって放って置いても大丈夫なんだよな?」
「勿論だ」
「分かった。じゃあ、そろそろ行くよ」
ラプラスに神木の事を確認した後、俺は終末の大峡谷へとヴェーチルの魔石を持っていく為に、場を離れ様とすると・・・。
「待て」
「ん?まだ、何かあるのか?」
「そうではない」
「じゃあ・・・」
「我も行くとしよう」
「え?」
「くくく」
(まぁ、アナスタシアにあんな事を言うくらいだから、此奴も万が一に備えてジェアンに会っておきたいのだろう)
こうして、俺達は終末の大峡谷へ向けて、転移の護符を発動させたのだった。
「そういえば、此処に来るの久し振りじゃないか?」
「・・・」
終末の大峡谷に降り立った俺達三人。
ラプラスへと声を掛けてみるが、応えが返って来なかった。
「おい、ラプラス?」
「・・・妙だな」
もう一度、呼び掛けた俺に、周囲を警戒する様に見回すラプラス。
「何がだ?」
「良くない匂いがしますね?」
「うむ」
「アナスタシア迄・・・」
どうやら、異変に気付いていないのは俺だけらしく、瞳や耳に魔力を流すが、特段の変化を見つける事は出来なかった。
「いつも通りだと思うんだけどなぁ」
行く道の両脇には断崖絶壁。
流れる河は、底に沈んだ魔石の紅色を示す。
「ん?紅一色?」
普段なら彩の蒼も翠も見える水面に、たった一色のみ染められた紅に、俺はもう一度水面に眼を向ける。
「此れは・・・、血⁈」
「だから、言っておろう?」
「はい。良くない匂いがするのです」
「・・・いや」
何を今更と言わんばかりのラプラスの口調。
アナスタシアは其処迄でもなかったが、血の匂いに気付いていたのなら、先に教えて欲しかった。
「とにかく、ジェアンの所に案内せよ」
「分かったよ」
ラプラスの言葉に、移動の足を速める俺だったが・・・。
「っ⁈」
「今度は気付いたか」
「流石にな‼︎」
突如として此方に向けられて来る殺気。
其れは、踏み出した足を止めるのに十分なもので、日頃、此処に来た時に受ける其れとは全く意味の違うものだった。
「殺りあいをするつもりみたいだな」
「その様ではあるな」
「どうする?」
「下らぬ質問だ」
臨戦態勢に入るラプラス。
別に此奴にそういう事を聞いたつもりではなく、知り合いでも居て話し合ってくれないかというつもりだったのだが・・・。
「仕方ありませんね」
「その様だな」
疲労の残る身体で頷き合う俺とアナスタシア。
「お主は退がっておれ」
「大丈夫です」
「・・・良かろう」
アナスタシアに退く様に促したラプラスだったが、受け入れられずに、其れをあっさりと認めた。
(まぁ、確実にアナスタシアを守る様には動くだろうが)
それだけでも十分と、俺は漆黒の装衣を纏い闇色の翼を広げる。
「しっかり、殺るが良い」
「そうかいっ」
他人事の様に言って来たラプラスに、俺が翔け出す姿勢を取った・・・、刹那。
「待ってくれ‼︎」
「ん?その声は・・・」
慌てた様子だが聞き覚えのある声がして、此方へ向けられていた殺気が抑えられる。
そして、現れたのは・・・。
「司‼︎」
「梵天丸・・・‼︎どうしたんだ⁈」
梵天丸だったのだが・・・。
声は聴きなれた其れだったが、其の姿は対照的で、俺に刻まれた右眼の傷はそのままに、新たに無数の傷が全身に刻まれていて、全身が赤黒く汚れているのは、流れる血を荒く洗い流した為なのだろう。
「いや〜・・・、面目ないな」
「それどころじゃないだろう‼︎傷の手当てを‼︎」
「傷薬です。使って下さい」
「うむ。忝いな、ご婦人殿」
アナスタシアがアイテムポーチから取り出した傷薬を受け取り、頭からかぶる様に流した梵天丸。
「ふぅ〜・・・」
「おい?大丈夫か?」
「うむ。生き返る如しだな」
「・・・」
荒っぽい治療法だが、言葉通りに肩を回し始めた梵天丸に、俺は少し落ち着きを取り戻す。
「他に怪我人は居るか?」
「うむ。数は多いが、特に傷が深いのは長だ」
「ジェアンが?」
「急ぐぞ」
「ラプラス。お、おぉ・・・」
先程迄歩いて来た道で、ある程度向かう先の想像の付いていたらしいラプラスは、俺と梵天丸のやり取りを聞き、俺達を置き去りにし、先へと駆け出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます