第558話


「戻ったか?」

「ブラートさん・・・」


 此処はディシプル真田家隠れ家の海岸。

 俺を待っていたのか、ブラートは潮風を味わう様に佇んでいた。


「・・・」

「ふっ」


 その顔を見て無言になった俺に、短く笑みを浮かべ・・・。


「大丈夫か?」 


 気遣う様な言葉を掛けて来たブラート。


(救世主の事に気付いているんだろうな・・・)


「ブラートさんは、彼奴の事・・・」

「ん?そうだな・・・、聞いてはいないが、何となく感じ取ってはいたさ」

「そうですか」

「俺達に取っては、第二の母の様なものだからな」

「・・・」


 特段の力を込めず、流れの中で俺達という言葉を選んだブラート。


(そして、それ以上の事には踏み込んで来ずか・・・)


 そんなブラートの態度に、内心感謝した俺だったが・・・。


「俺は一人っ子だったので、頼れる兄貴が居る様で嬉しいですよ」

「司・・・」

「・・・」

「ふっ、俺もだ。こんなに誇らしい弟を持つ者は、此のザブル・ジャーチに他には居ないだろう」

「ブラートさんっ」


 俺もブラートも、其の身体は救世主によって創られたもので、俺の直前のものがブラートのもの。

 俺とブラートの関係は、兄弟の其れという事が出来るのだった。


「パパ?」

「あぁ、凪」


 俺との本日より同行を開始した凪。

 俺とブラートのやり取りを無言で眺めていたが、他所行きの表情で声を掛けて来た。


「ん〜と?」

「あぁ、ブラートさんだよ?」

「ブラート・・・、さん?」


 初対面のブラートに、ませた様子の中に、子供らしい愛らしいさを混ぜたいつものお得意の態度をみせる凪。


(女の子だなぁ・・・)


 こういうところを見せられると、父親として不安になる反面、娘の成長を感じさせられる。

 嬉しくは無いが、女の子とはこういうものだと、俺は日々、理解させられていたのだった。


「はじめましてだったね?挨拶は?」

「うん。凪=リアタフテです。よろしくお願いします」

「ふっ」


 凪のそんな様子を、面白そうに受け止めたブラート。


「ブラートさんも初めてでしたよね?丁度、凪がローズのお腹に居る時に、リアタフテ領を通ったのが最後だったし・・・」

「面と向かって会うのは初めてだが、この間見たさ」

「この間?」

「ああ。演武会の時にな」

「来てたんですか?」

「ふっ。アンジュにな」

「あぁ、なるほど」


 確か、シエンヌだけは誘う事に成功していた事をアンジュから聞いていたのだが・・・。

 あの日の事は、颯と刃の一件もあり、真田家の中でも会話に上がる事は無く、ブラートやアルティザンの事は不明のままだったが、どうやらアンジュは成功していたらしい。


「・・・」

「凪?」

「そうだったんですね。私、負けちゃったから、恥ずかしいところ見られちゃった」


 俺とブラートのやり取りに、本当に表情だけは恥ずかしそうに俯かせた凪だったが・・・。


(まぁ、嘘だな・・・)


 流石に、其れが分からない程、父親として機能していないという事は無く、あの日の刃とのやり取りを思い出しているのだろう。

 凪のルビーの双眸には、有るべき輝きが無かった。


「ふっ・・・」

「何ですか?」

「いや・・・」


 そんな凪に、刃とのやり取りは知らない筈だが、意味ありげな笑みをみせるブラート。


「ただ、恥ずかしいという程、派手な負け方では無かったし、自身が傷を負わない様に計算された実に上手い負け方だったさ」

「・・・っ⁈」

「ふっ。其れに長子の大きさもあったしな」


 どうやら、ブラートの態度は、凪のみせた筋書き通りの敗戦へのものらしく。

 其処を、見透かされていたと思わなかった凪は、驚きの表情を浮かべたのは一瞬。

 直ぐに・・・。


「・・・」

「そんなに特別な力は持っていないさ」

「っ⁈な、何が・・・」

「相手に気付かれる様では、洞察力の方はまだまだの様だな」


 其の双眸に魔力を注いで、ブラートを観察したが、其れは直ぐに気取られてしまう事になった。


「すいませんね、ブラートさん」

「ふっ、構わんさ。当然の疑問だ」


 軽く謝った俺に、此方も軽く応えてくれたブラート。


(ブラートに見透かされた事で、其の力が気になり、反射的に集中して観察をしたのだろうな)


 ブラートは其れを、当然のものとして受け取ってくれた様だった。


「凪?」

「ごめんなさい、ブラートさん」

「気にするな。だが、出来る事なら、最初に気取られずに、其れは行える様になるべきだな?」


 俺に促される形だが、素直に謝る凪。

 そんな態度に、可能な限り優しい口調で凪へと応えるブラート。


「え・・・?」

「ふっ、どうした?」

「ううん。曽祖父様と同じ事を言ってるから」

「そうか。良い師匠なのだな」

「うんっ」

「ふっ」


 そんなブラートに不思議そうな表情をみせた凪だったが、ブラートのグランを讃える言葉には、満面の笑みで頷いたのだった。

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