第557話
「お父様・・・」
「どうした、颯?」
「・・・」
俺へと声を掛けて来た颯の双眸は真剣なもので、俺も其れに倣う様な表情で受け止めた。
「どうして、凪姉ちゃんじゃないといけないのですか?」
「・・・」
「凪姉ちゃんは強いですけど、まだ子供なのに戦争に行かなければいけないのですか?」
「そうだな、颯の言う事も分かる」
此処で其れを否定する気は無いし、俺も颯と同じ考えなのだ。
ただ、秘術の儀式は代わりは当然出来ないし、ヴェーチルを影の中に捕らえて呼で安全な場所に・・・、そんな事も考えたが・・・。
(其れは机上の空論に過ぎないし、俺達がこれから向かうのは戦場。其処では、決して此方の策通りの展開なんて望めないんだ)
此の機会を逃せば、次にいつヴェーチルを捉えられるかは分からず、其れを掴んでくれていた救世主はもう・・・。
「・・・っ」
胸の奥に言葉には表せない微妙な痛みを感じ、其れを堪える様に奥歯を噛み締めた俺。
「司?」
「・・・あぁ」
「・・・」
俺の微妙な変化を此の場で唯一感じ取り、心配そうに声を掛けてくれたローズ。
然し、俺は直ぐにローズへと視線を送る事は出来ず、視線を落としながら、短く声を落としたのだった。
「颯っ」
「凪姉ちゃん・・・」
「アンタは黙ってなさいっ」
そんな俺の顔を再び上げさせたのは、俺の胸の中に居た凪。
凪は自身を心配して来た弟に、ハッキリとした口調でそれを止めに掛かった。
「でも・・・」
「此れは、私の問題なのよ。弟とはいえ口出し無用よ?」
「ぅぅ・・・」
唸り声を漏らした颯に、そもそも弟が姉に逆らおうとする事自体が問題と続けたのだった。
「分かったら、黙ってなさい」
「分からないよ・・・」
「颯っ」
「でも、凪姉ちゃんが決めたなら・・・」
受け入れはしたが、納得はしていないという様子で俯き加減になる颯。
然し、強気な態度で颯をそうさせた様に見えた凪だったが・・・。
(震えてるな・・・)
凪は皆から死角になる位置で、拳を震わせていて、その震えを俺からも隠す様にしていた。
「大丈夫です、颯様」
「アナスタシア・・・」
「凪様は命に代えても私が守ってみせます」
「う、うん・・・」
言葉通りに命を賭けそうなアナスタシアに、颯は微妙な返事をする。
(アナスタシアは颯を安心させたかったのだろうが、颯の考えは、アナスタシアにも命なんて賭けて欲しく無いんだよなぁ・・・)
アナスタシアは颯の性格を分からない訳では無いのだが、自分の命を明確にローズと子供達、そして俺よりも下のものとして扱っている為、その言葉で十分と本気で思っているのだ。
(凪も勿論だけど、颯も何とか安心させてやらないと・・・)
今回の件では、ミラーシにも王都からの応援が向かう事は颯も知っているだろう。
「・・・っ」
詰まり颯のこの様子は、ディアの安全に対するものでもあるのだ。
本当なら、ディアを此処に言いたいのだろうけど、現在ディアはミラーシの長なのだ。
その為、次期当主としての教育を受けている颯は、此の状況でディアが此処に来る訳にはいかない事は理解出来ているのだ。
(とはいえ、どう声を掛けてやるべきか・・・?)
俺が守ると、そんな当たり前の事を言葉にしてやる事が、果たして子供達の安心になるのか?
子供達も既に自我を持ち、そんな軽い言葉を掛ける事は、ある意味では馬鹿にする事にならないか?
そんな事を考えていると・・・。
「凪・・・」
「っ⁈ママ・・・」
凪はスッと近付いて来たローズに、自身の震えを見られ無い様に、ローズを向き拳を背に隠した。
「・・・」
「どうしたの?」
「いよいよね?」
「うんっ。やっとだわ」
「・・・そうね」
(ローズ・・・)
凪越しに見えるローズの瞳は、凪の内心を気取っており、其れでも話を続けているもので、俺はその成り行きを静かに見守る事にした。
「不安かしら?」
「ううん。全然よっ」
「そう?良かったわ」
凪の嘘に気付きながらも、優しい瞳で其れを受け止めるローズ。
凪はそんなローズに、隠した拳の震えを止め様と、其れを握る力を増している。
「必ず成功させてみせるわっ」
「そうね、お願いね」
「うんっ」
「必ず秘術を得て戻ってね?」
「ママ・・・」
不安を抱える凪に、敢えてプレッシャーを掛ける様な言葉を選んだローズ。
「颯も凪も、あなた達は私に沢山の誇りを与えてくれているのよ?」
「「ママ・・・」」
「颯は将来必ず、立派な当主としてリアタフテ領を守っていってくれるでしょうし、凪も司に次ぐ魔導師になってくれる」
そんな風に子供達に語り掛けるローズ。
「だから、此の状況を、次期当主としてしっかりとした振る舞いをみせて?」
「ママ・・・。はい」
ローズから掛けられた言葉に、其の眼を見て応えた颯。
そして・・・。
「必ず秘術を得て、其れを世界中の人達に証明してみせて?」
「ママ・・・」
「私に世界一の母親だって誇らせて欲しいの?」
ローズの殺し文句に、凪の拳の震えは止まり・・・。
「勿論よ‼︎」
「ありがとう」
ローズと凪の重なった双眸は、揃いのルビーの輝きを放っていた。
「ママ?」
「ジッとしてなさい?」
「う・・・、ん?」
突然、自身の髪を手櫛で整え始めたローズに、凪は少し驚きながらも、その言葉に従っていると・・・。
「え?此れって・・・?」
「あらぁ・・・?うふふ」
そう言って、凪の髪をサイドのツインテールに整えたローズ。
其れを見ていたリールは、何やら意味あり気な笑みを浮かべている。
「懐かしい物ですね?」
「ええ、アナスタシア」
「ママ?」
「昔ね、ママが凪位の頃に使っていたのよ。御守り代わり」
「良いの?」
「勿論よ」
ローズに確認すると、俺へと向き直りポーズを取って来た凪。
「似合ってるよ、凪」
「えへへ」
そんな様子に俺はその頭に手を置き褒めてやると、凪は嬉しそうに色々なポーズで応えて来た。
「司」
「ローズ・・・」
その凪越しに向き合った俺とローズ。
其のルビーの双眸に込められた想い。
其れは、言葉にしなくても、理解しあっているもので・・・。
(分かっているよ。任せておけ‼︎)
俺はローズの其れに、自身の漆黒の双眸の想いを無言で重ねたのだった。
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