第552話


「・・・かな」


 視線は遠くを見つめたまま、何かを消え入る声で呟いた救世主。


「ん?どうした?」

「・・・」


 俺が問い掛けると、遠くを見つめていた双眸が此方に向き・・・。


「・・・っ」


 憂いの中に艶を感じさせる其れに、俺は心臓を掴まれた様な感覚を覚える。


「どうかしたの、司?」

「いや・・・」

「そう?」


 態とじゃないかと疑いたくなるくらい、救世主は俺の反応の意味には気付いていないという様子で、俺も内心に気付かれない様に、出来る限りの平静を装った。


「其方こそ、どうかしたのか?」

「え?どうして?」

「・・・」


 恍けている訳では無いだろうが、救世主の表情から、俺は何かを決心した事を感じ取った。


(不思議なもんだな・・・)


 いくらルーナと同じ顔を持つとはいえ、此奴とは今日出会ったばかりで、その心を鑑みれるところに行き着いていない筈なのだが・・・。


「そろそろかな・・・」

「ん?」

「そう思ったんだ・・・」


 そう言って座っていた椅子から立ち上がった救世主。


(簡素なもんだな・・・)


 そんなツッコミを入れたくなる程、その作りは余計な装飾等施されておらず、ただの真っ白な椅子で、世界最大の宗教の頂点の座る物には見えなかった。


(まぁ、それをすると、また話が延びそうだからな)


 だから、俺は心の中だけでツッコんだのだった。


「じゃあ、失礼するよ」

「待って」

「え?だって・・・」


 今、お前がそろそろって言ったじゃないか?

 そう言おうとした俺に・・・。


「・・・ね?」


 救世主は首を傾け、同じ高さだった目線を下げ、下から見上げる様にして来た。


「・・・ディシプルの件が片付いたら、また来るよ」


 まだ、此奴には聞きたい事もあるし、楽園の情報も得たかった。

 そんな考えもあり、再訪を約束した俺だったが、救世主は・・・。


「ううん」

「お・・・」

「あと少しだから」

「ぃ・・・」

「本当にあと少しだけなの。それしか・・・」

「お前・・・」

「・・・ね?」


 先程迄の様な情緒不安定な感じは無く、落ち着いた様子で語り掛けて来た救世主は・・・。


「行こっ」

「なっ⁈」


 体調不良は芝居だったのではと思う程、一瞬で俺との距離を縮めて来て、俺の右の掌をあっという間に自身の其れと絡める様に繋いだのだった。


「ぉ・・・」

「手・・・、繋いじゃった」


 其れを振り解こうとした俺へと、子供がする様な問い掛けと懇願が混ざった様な視線を向けて来た救世主に・・・。


「はぁ・・・」

「ふふ」


 手を繋いだまま、短く溜息で応えた俺に、救世主は嬉しそうに悪戯な笑みを浮かべたのだった。


「行こう、司」

「何処に連れて行くつもりだ?」

「来れば分かるよ」

「おいおい・・・」


 随分と身勝手な事を告げ、俺の手を引き歩き始めた救世主。

 今更、振り解く訳にもいかず、其れに従い付いて行く俺。


(まぁ、此処から罠に嵌める可能性は無いだろうし・・・)


「ふふ、デートみたいだね?」

「・・・どうかな?」

「もうっ、司ったら素直じゃない」

「そうか?」

「・・・。ふふ」

「・・・」


(まぁ・・・、良いか)


 ピクニックに向かう子供の様な救世主の様子に、そんな事を心の中で呟いたのだった。

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