第546話


「神木がだって?」

「・・・ええ」


 何とか自力で身体の固まりを解き、絞り出す様に問い掛けた俺に、救世主は気を遣うかの様に、然し、簡潔に応えて来たのだった。


(アッサリ応えてくれるものだなぁ・・・)


 若干の苛立ちを覚え、心の中では単純な言葉と複雑な感情が蠢いた。


「どうしてなんだ?だって、アレは急遽ミラーシでブラートさんが・・・⁈」


 神木をリアタフテ領に植えた経緯を思い返し、其れを持ち込む事を勧めた人物に、俺はハッとする。


「もしかして、ブラートさんに其れを頼んで?」

「いいえ。違います」

「え?でも・・・?」


 俺の想像をアッサリと否定して来た救世主に、俺は即座に問い返した。


「ブラートさんは、あの神木が楽園への道とは知りません」

「じゃあ、何で神木を?」

「本当に魔空間による汚染に憂慮し、神木を植えたのですよ」

「・・・」

「そもそも、彼は四柱の正確な場所も知りませんし、楽園に関する情報は全くと言っていい程持っていないのです」

「そうなのか?」

「はい。彼が生まれたのは、本当に昨日の様なもので、その頃には、私達には楽園からの情報を得る手段は殆ど無かったのです」

「あぁ、なるほど」


 本当かどうかは分からないが、既に此の世界に来ている此奴には、楽園と連絡を取る術が無いと言われれば、一応の納得は出来る。

 ただ、別に今更ブラートが何処迄、情報を持っていようと、それで関係は壊れる事は無いのだが、そうなると、此の話には大きな違和感が有り・・・。


「それなら何故、あの神木が楽園への道になったんだ?」

「其れは、貴方の魔力を吸い続けた影響です」

「・・・っ⁈」


 告げられた内容に、衝撃を受ける俺。


「俺の・・・、所為なのか?」


 ただ、不思議とすんなり受け入れられたのは、過去にラプラスと話した時の事を思い出していたからだった。


「悪い事では無いのです」

「だけど・・・」

「そもそも、その道が無ければ、楽園へも辿り着けず、私達と守人達の闘いは終わる事が無いですし、此のザブル・ジャーチを根本的に救う為に、創造主に会いに楽園へと向かう事も出来ないのですから」

「・・・」


 少し落ち込んだ俺を慰める様な、救世主の言葉と口調に何も言えなくなった俺。

 ただ、どんなに慰められても、俺のショックが直ちに癒える感じはなかった。


(そうなると、最終決戦の激戦区はリアタフテ領という事になるし、俺はそもそも家族、子供達の未来の為に守人達との決着を望んでいるのに、其れに迫る事が、リアタフテ領に危機を迫らせる事になるとは・・・)


「貴方の存在は其れ程迄に、楽園とザブル・ジャーチを合わせた、此の世界に影響を与えるものなのです」

「俺って・・・、何なんだ?」


 救世主の言葉を否定しなかったのは、自身への慢心では無く、此の世界の幾つかの自身の妄想との共通点。


(其れも完全ではないのが面倒なところで・・・)


 そもそも、俺がメーカーのコンテストに応募したルーナが妄想の源流だが、ルーナの登場する作品自体は学園恋愛ものという、こんなファンタジーな世界とは全く異なるもの。

 結果、バッドエンドしか存在しないルーナを、延々と救うと息巻き、妄想を膨らませていき、大魔導辞典を創り、虚空に敵を描き闘い続けた恥ずかしい日々。


(其れも、この世界に来た時点で20年以上の昔になり、流石に妄想遊びをする事も無くなっていたんだ)


 そして、ミラーシへの旅の際にブラートから出た起源種と創造種の話で、違和感を感じたのだ。


「貴方は真田司。ただ、それだけです」

「・・・」

「此の世界の事を知る為に、より深く自問自答する事は素晴らしい事です。ただ、行き過ぎて、自分を見失ったり、追い込んだりしないで下さい」

「まぁな」


 まるで、懇願する様な救世主の口調に、短く応えた俺。


「真田司」

「・・・」

「貴方が此の世界の意味すら書き換える。其の鍵となる存在なのです」

「俺が?」

「はい。其の為、ルグーンも貴方の身体を求めたのです」

「・・・っ」

「そして、其処に人族の歴史の中でも、最も高潔なスラーヴァの魂を込めたのです」

「じゃあ、スラーヴァも?」

「はい。鍵としての役割は果たせるでしょう。四柱を破壊し、楽園への道の結界を解き、鍵である貴方かスラーヴァが鍵を開けた刻」

「・・・」

「楽園とザブル・ジャーチが再び繋がるのです」


 そう告げて来た救世主の影は、天蓋越しに宙へと向いているのが見えたのだった。

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