第547話


「そういえば、すいませんでした」

「え?何が・・・?」

「愛車・・・?の事です」

「愛車?ん・・・?」


 救世主の突然の謝罪。

 それ自体は、此奴とのやり取りで不思議では無いのだが、その内容で出て来た単語には、首を傾げ、変な顔をする事しか出来ない。


「愛車って、何の事だ?」

「貴方が此の世界に召喚された時に乗っていた物です」

「・・・」


 救世主の言葉に、8年近く前の其の日の事を思い返すと、一番最初のシーンで答えが出た。


「あ・・・」

「思い出しましたか?」

「あぁ、でもすいませんって?」


 意味が分かると理由が分からなくなる。

 そんな俺の問いに救世主は・・・。


「貴方が此の世界を渡って行く為に必要なアイテムを、重要度順に残すと、愛車は守人達に持っていかれたのです」

「あぁ、そういう事か」

「魂、マジックアイテムの順で愛車は最後になったので」

「大魔導辞典はスラーヴァも使えたのか?」

「いえ。彼は貴方であって貴方では無いので、其の力はありません」

「そうかぁ・・・」


 それでも、大魔導辞典が無ければ、これ迄に乗り越える事の出来ない事も有ったし、愛車に愛着は有ったが、マジックアイテムを残してくれただけで十分感謝出来た。


「大魔導辞典といえば・・・」

「ん?何だ?」

「少し見せて頂けないでしょうか?」

「どうかしたのか?」


 妙な事を言い出した救世主に、俺は怪訝な表情を浮かべてみせたが、一応アイテムポーチから大魔導辞典を取り出す事だけはした。


「貴方はいずれ、ジェールトヴァ大陸に向かう事になるでしょう?」

「まぁな・・・。それが?」

「その時に役立つ魔法を、私が大魔導辞典に宿しておきましょう」

「え?本当か?」

「ええ。それ位はさせて下さい」


 そういう話ならと、俺は大魔導辞典を救世主に渡す為に取りに来たアポーストルに喜んで手渡した。


「其の魔法って、どういう魔法なんだ?」

「ジェールトヴァ大陸は此のザブル・ジャーチの中で最も過酷な環境です。其れを和らげる為の魔法となります」

「なら、貴女はジェールトヴァ大陸の事を知っているのか?」

「ええ。行った事は無いので、人から聞いた話でのみですが」

「そうかぁ・・・」


 出来れば、ジェールトヴァ大陸の情報を得ようとした俺だったが、人から聞いた話という事で聞く事を諦める。


(此奴に取っての人って事は、アポーストルの事だろうが、以前に言いたくないって感じだったからな)


 其れを、救世主の人の良さにつけ込んで聞き出そうとしたら、せっかく落ち着いた雰囲気になったアポーストルを、また面倒な感じに変える可能性が有った。


「魔法の使用は、他のものと同じなのか?」

「ええ。ですが、完全な新魔法にする事は出来ません」

「そうなのか?」

「はい。ですので、既に習得済みの魔法の中に、此れを込めようと思います」

「そんな事が可能なのか?」

「ええ。此の魔法ならきっと・・・」


 天蓋の中へと大魔導辞典を持って入ったアポーストル。

 天蓋には大魔導辞典の受け渡しの影が映り・・・。


「・・・っ」


 天蓋の中に強い光が広がり、一分と掛からず出て来たアポーストルは・・・。


「はい、司」

「あ、あぁ・・・」

「ふふ」


 余りの速さに呆気に取られる俺の様子に、いつもの余裕の有る人を揶揄う様な笑みを浮かべて、大魔導辞典を渡して来たのだった。


「此れで・・・?」

「はい、完了です」

「・・・」

「聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹という魔法がありますね?」

「あぁ」

「其の魔法に本来の効果とは別の効果も追加しました」

「え・・・?」

「心配はしないで下さい。私の追加した効果は人を救う本来の魔法の効果からは外れませんし、何方にも効果を発揮出来る様にしただけで、副作用等は発生しませんので」

「そうか、了解した」


 本来の効果は、魔法の力で正気を失った者を引き戻すものなのだが、かなり限定的な効果でもう二度と使用しない可能性のあった魔法。


「でも、どんな効果なんだ?」

「それは、ジェールトヴァ大陸に着けば分かるよ」

「アポーストル・・・」

「安心していいよ。ちゃんと、其の刻が来れば、僕が司を其処に連れて行ってあげるから」

「・・・」

「約束するよ・・・」


 以前は、其れに関わる事に乗り気では無かったアポーストル。

 どんな心境の変化からは知らないが、此奴は行方を晦ます可能性があるからなぁ・・・。


「お願いしますね、アポーストル」

「ええ、必ず。良いね、司?」

「・・・分かったよ」


 高圧的では無いが、有無を言わせない雰囲気を漂わせて来たアポーストルに、俺は一応、了承の返事をしたのだった。

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