第542話


「でも、俺が自身の身体に残る事は何故出来なかったんだ?」


 元々の俺の身体が特別な身体だったのなら、そのまま残れる道を目指しても良かったと思うのだが・・・?


「それは・・・」

「・・・」

「すいません。其の理由の一つには、此れから貴方の進む道が関係しているのですが、其れを正確にお伝えする事は出来ないのです」

「身勝手なものだな?」

「すいません・・・」


 端的な物言いに込めた、責め立てる様な俺の口調にも救世主の影は俯く様な仕草をみせただけで、其の先を告げる事はしなかった。


「一つは、ルグーンの眼を欺く為も有るんだ」

「ブラートさん」


 そんな、俺と救世主のやり取りを見ていたブラートは、まるで救世主への助け船の様な言葉を掛けて来たが、それは流石に説明を受けなくても分かっていた事だった。


(許してやれという事か・・・)


「彼女が秘匿する内容に付いては分からんがな」

「ルグーンは、俺と会うと何かは分からないものを返せと言って来てました。其の意味はいます理解し、確信が持てましたが・・・」

「彼は貴方の召喚の儀式の際に気付いたのでしょう」 

「・・・」


 ルグーンの言葉に込めていた意図を理解した俺は、答え易いであろう流れに話を持っていったが、其れに乗って来た救世主に対する不満は解消される事はなかった。


「そういえば、本来ならスラーヴァとローズを結婚させるのが、奴等の目的だったのか?」

「其れは・・・、正しいのですが、正しくありません」

「え・・・?」


 俺の疑問によく分からない返答をして来た救世主。


「いや、俺の魂を肉体から追い出し、其処にスラーヴァの魂を入れるなら、召喚されたのはスラーヴァという話になるんじゃないのか?」

「いいえ」

「じゃあ・・・?」

「そもそも、彼等は貴方を召喚し、肉体を手に入れた後、魔法により別の場所に移す事を計画し、其れに付いては成功しているのです」

「え?じゃあ、あの場には?」

「はい、誰も居ない予定でした。詰まりは、召喚の儀式は失敗というのが、彼等の描いていた計画なのです」


 語られた衝撃的な事実に、俺は心の中に有った不満が迷子の様になり、声色は微妙な調子に変わってしまう。

 だが、救世主の言う事が本当なら・・・。


「なら、ローズの結婚は・・・?」

「其れに付いては、スラーヴァを予定していたという貴方の考えが正しいのです」

「いや、無理だろう」


 本来、リアタフテ家の当主になれないローズの為に、召喚の儀式で選ばれた者と結婚し、其れの許可を得る事が召喚の儀式の目的なのだ。


「其処で出て来るのがディシプルの一件です」

「え?」

「貴方が此の世界に召喚された時には、既に、守人達はディシプルへと未来への種を蒔き終えていたのです」

「・・・」

「今に至る刻の流れでは、ディシプルとの闘いでは貴方の活躍が有り、リアタフテ領は守られましたが、貴方の居ない世界では、スラーヴァによってリアタフテ領は守られる筈だったのです」

「な・・・⁈」

「其の結果、サンクテュエールの国王は、リアタフテ領を守った功績に対し、スラーヴァとローズの結婚を認める筈でした」

「そんな・・・」


 救世主の告げて来た内容は、俺が存在していないと考えると、そんなに無理の無い内容だったが、現実に俺が居てローズと結婚した以上、聞き捨てならない内容だった。

 だが・・・。


(其処迄考えてディシプルの件を準備していたなんて・・・)


 そして、この件はフェーブル元辺境伯も関係している為、ルグーン達守人の魔の手は、俺達の直ぐ近く迄迫っているという事だ。


「俺の今入っている・・・、う〜ん・・・」

「そう難しく考えるな、司」

「ブラートさん」

「もう、其の身体はお前のものなんだ」

「はい・・・。俺の身体はどうやって生み出したんだ?」


 シエンヌとの話では、俺の身体の種はシエンヌと共に過去に、裏のギルドマスターに託されたという話だが、その時には既に完成していたのか?


「其れに付いては答えられません」

「俺に迷惑を掛けているという自覚は?」

「勿論あります」

「なら・・・」

「それでも、答えたくありません」

「・・・」


 此処に来て初めてといえる頑なな態度を示して来た救世主に、俺は少し驚きを覚える。

 何より、その態度は・・・。


(何かを秘匿するというより、子供が意固地でムキになる様な感じだなぁ)


 あまり感心出来る態度ではなかったが・・・。


「とにかく、其の身体は他の全てのヒトで手に入れた技術、その全てを込めた最高のものなのです」

「なるほど、ルグーンが欲しがる訳だ」

「そうですね。そして、決して奪われてはならないものです」


(奪われるイコール敗北であり、死なのだから当たり前だろう)


 俺は確認するかの様な口調で告げて来た救世主に、心の中でそんな風に応えたのだった。

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