第541話


(アクアを連れて来なくて良かったな)


 当初は同行を希望していたアクアだったが、ギリギリで置いて来る事に成功したタブラ・ナウティカの王女。


(どういう訳か、ヴァダーの予言なんかを信じて、俺への好意を示してくれているからなぁ)


 正直なところ、別にアクアに嫌われるのは構わないのだが、運命の相手と思っている男が、実は40過ぎだと知るのはショックだろうし、目覚めたばかりでそんな状況にするのは可哀想なのだった。


「答えてくれ?どうなるんだ、俺は?」

「どうもなりません」

「じゃあ?」

「・・・既に互いの魂は肉体に定着しています。其々が人として自然な存在を形成しきっているのです」

「・・・」


 先程迄、俺からの問い掛けを無言で聞いていた救世主。

 質問の意図は理解出来ていたらしく、答えは告げて来たのだが・・・。


(どうにもならない・・・。人として自然ね・・・)


 事実を告げているだけなのだろうが、其の答えは俺を十二分に苛つかせてくれるものだった。


(努めて冷静に喋る為に、淡々とした口調になっているのだろうけど、そんな風によく出来るものだなぁ)


 口に出す迄も無く伝わっているであろう俺の苛立ち。

 先程迄は此方の感情の動きに一喜一憂していた救世主は、俺の苛立ちに気付きながらも・・・。


「・・・」


 天蓋越しの視線は俺を捉えたまま、静かに佇んで居る様だった。


(はぁ・・・)


 心の中でだけ感情を込めた溜息を短く落とし、精神を理性に預ける様にした俺は・・・。


「どうして、ルグーンは俺の肉体なんか求めたんだ?」


 冷静に気になっていた事を、問い掛ける事が出来たのだった。


「貴方の身体には特別といえる魔力が宿っているのです。勿論、本当のという意味ですが・・・」

「だが、あれは此方に召喚された時には40目前、今では過ぎているんだぞ?」

「ふっ・・・」

「ブラートさん・・・」

「其れなら俺はどうなる?」


 冗談か本気か分からないが、俺と救世主の話にズレた調子で入って来たブラート。


(そんな事を・・・、っ⁈)


「・・・」


 其の眼は優しく俺へと向けられていて、ただ静かに俺の言葉の続きを待っていた。


「・・・俺は人族なんですよ、ブラートさん?俺の育った世界も此方と同じで、人族の命は80生きれば十分の世界ですから」

「ふっ、そうだったか」

「えぇ」


 何という事も無い会話は、無理をして保っていた俺の精神を、もう一歩深いところで落ち着けてくれる。


(此の人にまた助けられたのか・・・)


 眼前に立つ男は、敵として出会い、俺に魔力の操り方を教えてくれ、そして仲間として共に闘い・・・。


(兄弟なんて居なかったが、兄貴とか居ればこんな感じなのかな・・・?)


 今では心から頼れる存在となっていたのだった。


「本当に良かったです」

「ん?」

「ブラートさん。貴方を・・・」

「・・・ふっ。今では俺の方が感謝しているさ」


 何やら納得した様子だった救世主と、其れをどういう事か理解した様子でいるブラート。

 俺には二人のやり取りが何なのか理解出来なかった。


「じゃあ、俺が自分の身体を取り戻す事は?」

「不可能だと思います。スラーヴァという方の魂が、奪った身体に適応した以上、貴方から其の身体を奪う意味は有りません」

「俺が此の身体にいる事での不都合は無いのか?」

「ありません。そもそも、其の身体は貴方の為に生み出した、究極といえる存在なのですから」

「究極・・・、な」


 確信を持った様子で語る救世主だったが、正直なところ、知ってしまうと心の奥から納得出来るものではなかった。


「言い訳に聞こえるでしょうけど、生まれる事の叶わなかったヒトも居ます。そして、守人達に奪われた無数のヒト達も・・・。其の全てが、貴方を生み出す為に必要なヒトだったのです」

「俺にそんな力が有るかな・・・」

「あります。其れは私が保証します」

「・・・」


 ハッキリとした口調で断言して来た救世主。

 俺は半分だが、生みの親ともいえる女の言葉に、即座に否定する事が出来なかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る