第533話


「でも、それとヴェーチルが現れる事になんの関係が?」

「ディシプルに再び戦火が広がれば、その付近にあるリアタフテ領にも危機は迫ります」

「それは、そうですけど」

「それだけでは有りません。ディシプルを守人達に抑えられれば、復興したミラーシも、また狙われるでしょう」

「・・・」

「そうなれば、リアタフテ領の危機はより一層増します」


 救世主の語る内容は其処迄疑わしいものでは無いし、確かに凪の危機と言う事も出来るが・・・。


「でも、誰がディシプルを?」

「ディシプルには、既に守人達の種が蒔かれています」

「其れは・・・、既に内乱は治めましたよ」

「僅かです。たった、一欠片の不安を広げていくのが彼等の得意とする事ですから」

「連中はどんな手を使うつもりですか?」

「既に、ディシプルで元王太子に従った者達が守人達と合流し、国内への受け入れ体制を整えています」

「でも、その連中は全て裁かれている筈だが?」

「本当に全てですか?」

「それは・・・」

「心の中でも、覗いたのでしょうか?」

「・・・」


 態と刺激的な表現を選んでいるのかと疑いたくなる救世主の言葉。

 然し、内容自体は直ぐにでもディシプルに戻り、リヴァルとフォールに確認しなければいけないものだった。


「それに、ザックシールの継承者も其処に居るという話ですが?」

「それは事実だが・・・」

「三人の秘術継承者を狙えるとなれば、守人達も本腰を入れて来るでしょう」


 確かに、救世主の言う通りで、現在は敵の目的となる人間の殆どが、余りにも近くに集まっている。

 現状、モンターニュ山脈越えは季節的に可能で、ディシプルを押さえられる事は、即ミラーシとリアタフテ領の危機を意味していた。


(それに何より、彼処には俺の家族や仲間達も居るんだ。勝手な事をさせる訳にはいかない)


「皆さんには、またご迷惑をお掛けします」

「別に、俺達は自分自身や家族、仲間の為にやる事だ。礼を言われる覚えは無い」

「そうですか・・・」

「ただ、そうとなれば早めに帰る必要が有るし、一旦話は此処迄にして・・・」


 俺が話を打ち切り、再訪の為の交渉をしようとすると・・・。


「アポーストル」

「はい」

「シエンヌさんを彼処にお連れしてあげて」

「そうですね」


 救世主はアポーストルへと何やら指示を出したのだった。


「彼処とは?」

「此れからの守人達との闘いに役立つ、武器やマジックアイテムの収めてある倉庫です」

「へぇ〜・・・」


 そんな物が有るなら、もう少し待つのもありかと、思った俺だったが・・・。


「司の為の物じゃ無いよ」

「そうかい」


 アポーストルから余計なツッコミが入って来たのだった。


「すいません」

「いや、別に構わない」

「・・・妖刀朔夜より優れた刀剣は、流石に此処には有りませんし」

「あぁ、分かっている」


 俺のアポーストルに対する反応に、不機嫌になっていると思ったのか、救世主は申し訳なさそうな声色で謝罪をして来たのだった。


「じゃあ、行こうか?」

「ああ、分かったよ」


 アポーストルが先導し、其れに付いて行くシエンヌ。


「良いんですか?ブラートさん?」

「ん?ああ、構わんだろう」


 俺はこの場から離れる様子の無いブラートに確認すると、何でも無い風に応えて来た。


「あん?アタシの事を舐めてるのかい?」

「い、いえ、そういう訳じゃ・・・」


 やっと、いつもの調子を取り戻したシエンヌは、俺をその真紅の双眸で見据えて来た。


「非道いなぁ」


 アポーストルは俺の不安が、自身への信用の無さだと理解しているらしく、此方はいつもよりも余所余所しい口調で非難の声を上げた。


「お前は、一切信用出来ないだろ」

「ふ〜ん」

「・・・」


 そんなアポーストルの声に、俺も其方をしっかりとは見ずに、何処でも無い宙を見ながら応えたのだった。

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