第530話
「・・・」
「どうかされましたか?」
「いや・・・」
当初の目的を見失ってしまった俺は、既に教団との闘いの準備を進めている国王へとどう説明するか悩んでいると、救世主はそれを怒りからの無言だと思ったのだろう。
俺へと問い掛ける声には、分かり易い不安が見て取れた。
(此処には此奴を倒すか、此の本部の建物を押さえるかを目的に来たんだがな)
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「あぁ。気にしてくれなくていい」
「そうですか・・・」
勝手に落ち込んでいる救世主だったが、その救世主と俺との間に立つ男も又、分かり易く不機嫌な空気を纏っていた。
(此奴は表情にこそ表さないが、日頃との余りにもな空気感を変え過ぎなんだよな)
アポーストルにとって、救世主は余程特別な存在らしく、一見すると冷淡にも感じる俺の素っ気ない態度は、如何にも許せないものの様だった。
(ただ、これは此奴等に話したところで仕様が無い事だと思うがなぁ)
国王への説明を省く為には、最低限、教団との交渉でサンクテュエール側の有利な条件で話を纏めなければいけないが、流石に他大陸にも広がる宗教団体がそんな事を認めれば、大問題に発展するだろう。
(ラプラスやヴァダーも言っているが、守人達との決戦は近付いているんだ。この状況で、余計な混乱を招けば、敵方に付け入る隙を与える事になる)
この状況が出来てしまった以上、睨み合いを続けたまま、守人達との決戦に入るのも有りかなと思ってしまう。
「そういえば・・・」
「何でしょうかっ?」
現在の教祖が救世主と分かり、一つ気になる事が出て来た俺が話を振ろうとすると、救世主は弾む様な高音で返事をして来た。
「あ、ぁ」
その勢いに若干引いてしまう俺だったが、そんな事でこの事を有耶無耶にはしたくない。
「ユーラーレは・・・」
「・・・」
「彼奴は貴女の事を知っていたんですか?」
教祖である救世主に対して、絶大な信仰心と忠誠を示していたユーラーレ。
其の存在が、ザブル・ジャーチの有史以前より存在していた此の女ならば、あの一種の狂信的な態度も納得は出来ないが、理解は出来た。
「いえ・・・、彼には伝えてはいませんでした」
「え?何故?」
「彼は私への忠誠を誓い、其れを果たしてくれていましたが、強すぎる信仰心に私の事実が加わった時に、教徒達への高圧さが良くない方向に向かう可能性が有ったからです」
「・・・」
救世主の言っている事は確かに理解出来なくは無い。
(此奴の存在を知れば、人族からすれば、確かに本物の神の様な存在となる。ユーラーレが其れを知った時に、ヴィエーラ教や救世主に背く存在を許す事は考えられないが・・・)
だが、あれ程に教祖への忠誠を誓った存在にも明かされていない事実。
其れを、此処に居る以外の他の者達に明かすとは考え難く、そうなると余計にこの先の話が進め難かった。
それに・・・。
(あれ程迄に、自身の事を信じ、忠誠を誓った存在に対する仕打ちが此れじゃあ、此奴は本当に此の世界の人間達を守る教祖が有るのか、疑わしいものだしな)
「もう一つ、いいかな?」
「はい。勿論、私に答えられる事であれば、何でも聞いて下さい」
「貴女は、此のザブル・ジャーチの人達を救う為に楽園から来たと聞いたけど?」
「そうですね・・・。ただ、力不足ではありますが」
「じゃあ、何故?」
「はい」
「楽園から此方の世界になんて来たんだ?楽園でそのまま、創造主と闘えば良かったんじゃないのか?」
「それは・・・、ごめんなさい。無理なのです」
「無理?」
「ええ。創造主により生み出された私、勿論チマーもですが、確かに創造主に近しい力は持っていますが、創造主を滅ぼす事は不可能なのです」
「そういう事か・・・」
救世主の告げて来た理由。
其れは、そこ迄不自然なものでも無く、受け入れ易いものだった。
(そうなると、やはり龍神結界・遠呂智を取り戻して、其れを盾に交渉するのが最善策だろう)
俺は創造主によって生み出された訳では無いし、其の力は創造主に対して有効といえるだろう。
チマーにどう対抗するかは問題だったが、ヴァダーの件で絶対に闘わないといけない訳では無いと分かっている。
俺は、チマーとの出会いを思い出し、交渉の可能性を模索するのも有りだと思ったのだった。
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