第529話
「其れって、あの時の・・・?」
「ああ。・・・そうだよ」
「・・・」
俺からの問いに、当時を思い返す様に、珍しく落ち着いた様子で答えてくれたシエンヌ。
そんな様子に思い出されるのは、此の世界に来て直ぐ、入試の時の俺が使用した龍神結界・遠呂智によって、学院の魔石が廃魔石へと化した時に、当時俺の婚約者であったローズは、単身リアタフテ領のダンジョンへと魔石を採集に行き、其処でシエンヌ達一行によって捕われたのだった。
(あの時はルチルに協力して貰ってダンジョンへとローズを追って行ったんだけど、結局はアナスタシアに助けて貰ったんだよなぁ・・・)
当時の俺とシエンヌ達の間には、絶対的な力の差が存在し、俺達は完封の敗北を喫し、絶対絶命の危機を救出に追って来たアナスタシアによって救われたのだった。
(そういえば、以前ディシプルの海岸でシエンヌ不在時に、アルティザンが未払いの報酬を求めていた仕事。其れが今の話なんだろう)
「ん?そういえば、アルティザンは?」
「ああ。この件に関しては知らない」
「じゃあ、無関係なんですね」
「いや、其れは正確では無いな」
「え?」
俺が今回シエンヌパーティで一人不在の、ディシプルの真田家の守りを担ってくれているアルティザンの事を問うと、ブラートからは微妙なニュアンスの答えが返って来た。
「俺達と彼奴との出会いも、大いなる宿命の道程の中に刻まれた、重要な足跡の一つだからな」
「ブラートさん・・・」
「事実、彼奴は朔夜という、此の世界に一振りの名刀を見事に打ったのだから」
「・・・っ」
ブラートの言葉に、俺は全身に電流が走る様な感覚を覚える。
(本当にこんな感覚が存在するんだな・・・)
日本で生活していたら、絶対に知る事が出来なかったであろう感覚で、背負う必要の無かった緊張感。
「俺は・・・」
「ふっ。ああ、そうだ」
この人に聞いて良かったと思う。
ブラートはいつも通りの態度で、俺の中に湧いて来た不安を肯定して来た。
(此れで良いんだ。有り難い。此れで改めて覚悟を決められる)
俺に課せられた宿命がどんなものか分からないが、ルグーンであり、境界線の守人達は必ず自身の手で倒すと決めていた。
(たとえ・・・。俺に何があろうとも、子供達の為の未来を準備しておくんだ・・・‼︎)
そして・・・。
(俺に不安を湧かせている存在・・・、スラーヴァ)
奴の素顔を見た時の衝撃の答えは、きっとシエンヌ達の仕事が関係しているのだろう。
(救世主のエピースコプスに託したというモノ。其れはきっと・・・)
俺の中では、教祖の女が救世主と分かり、そして、ソレを俺が召喚された時期にリアタフテ領に運んだという話。
そして、その時期にはあのルグーンがリアタフテに居たのだ。
(だが、そうなると・・・)
シエンヌは本当に其れを知らないのだろうか?
最近はそうでも無くなったが、俺に対するキツめの態度は、ハッキリしないタイプの俺への苛立ちからなのだろうか?
それとも、実はモノの正体を知っていて、アンジュとの関係から俺に対する何とも言えない感情が有るのだろうか?
そして、ブラートは・・・。
(先程、其れを知る事を肯定していたし、詳細迄知っているのだろう。そして、俺の事も、スラーヴァの事も・・・。それでも、この人は俺を一人の人間として向き合ってくれているんだ・・・)
それは、本当に嬉しい事で、現状、自身を形成するのに重要な要素となった。
「私は本当に彼に、そして彼女にも感謝しています」
「・・・」
「どんなに感謝しても、感謝し切れない程にです」
「・・・父と母は喜ぶでしょう」
俺が深く自身の事、そして宿命とやらに付いて考えていると、救世主はシエンヌへの謝罪を再開したのだった。
「シエンヌさん」
「はい・・・」
「本当にあの二人を喜ばせられるのは、エピースコプスの付けた名。フォルトゥーナという名を、貴女が名乗ってあげる事でしょう」
「・・・っ⁈」
シエンヌの反応は、眺めるだけでその身体が固くなっているのが分かる程で、周囲に再び緊張感のある空気が流れて来た。
「私の事をどんなに憎んでくれても構いません」
「・・・」
「困難ばかりの試練の刻を刻んで来たのでしょうし」
「・・・」
「でも、幸せだった刻を全て捨てる事はしないであげて下さい。其れがきっとエピースコプス達の願いでしょう」
「分かりません。・・・少なくとも今は・・・」
救世主の言葉を受け入れる事はしなかったシエンヌ。
これ迄のシエンヌの日々は分からないが、とりあえず今はそれで良いのだろう。
「でも・・・」
「・・・」
「父の付けてくれた名を忘れた日は、一日として無かったです」
「シエンヌさん・・・」
「そして、あの日、最期の日に父から告げられた役目も・・・。約束通り、今日果たしました」
何処迄が、エピースコプスと救世主の約束かは分からないが、其れを引き継いだシエンヌが此処に来た事は、其れを果たした事になるのだろう。
何処か憑物の落ちた様な、優しい表情を浮かべたシエンヌ。
此処に来てから表情に落ち着きが無かったが、ある程度彼女の中で答えが出たのだろう。
今、浮かべている其れは、現在の彼女の心の中を正確に表したものだった。
「ありがとうございます。エピースコプスの蒔いた種の芽・・・、確かに彼の娘であるシエンヌさん、貴女から受け取りました」
「救世主様・・・」
「任務、ご苦労でした」
「はい・・・‼︎」
救世主からの労いの言葉に、ハッキリとした声で返事をしたシエンヌ。
其の双眸に真紅の炎を持つ横顔からは、出逢う事の無かったエピースコプスの其れが見えたのだった。
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