第526話


「・・・」


 二人の様子に、驚きから言葉を失い立ち竦んでしまったのは一瞬。

 次の瞬間には、地の底奥深くから悲しみが俺の全身の力を引き、全身は力を失ってしまう。


(俺は・・・、裏切られたのか?あんなに信じたのに・・・)


 身体に僅かに残った力は、涙腺に涙を作らせ、其れが悲しみに引かれそうになったが・・・。


「・・・」

「ブラート・・・、さん?」


 ブラートは頭を下げたまま、横眼で俺を見て来て、其の視線は・・・。


(そうじゃないって事か・・・?)


 安心しろとでもいう様な視線に、僅かに戻った力で、どうにか、涙が溢れ出て来るのを抑えた。


(良かった・・・。でも、じゃあどういう事だ?)


 湧いて来た当然の疑問。

 単純に考えるなら、相手の油断を引き出す為のものだが・・・。


「宿命を背負いし方々。本当に良くやってくれました」

「宿命・・・」

「あなた方のお陰で、此のザブル・ジャーチの人々を守る為に、最も重要な布石打つ事が出来ました」

「アタシ達・・・、だけ?」

「シエンヌさん?」


 かなり気になる事を言った教祖の女だったが、其れを問い掛ける事は、シエンヌが発したひりついた空気に遮られた。


「そうでしたね。申し訳ありません」

「・・・」

「エピースコプス=レデムプティオ。彼の事を一時たりとも忘れた事はありません」

「・・・」

「勿論、『マーテル』。彼女の事もです」

「そうか・・・。ふっ」


 レデムプティオとは、シエンヌの血縁者である事は確実としても、ブラートの反応を示したマーテルとは?

 ただ、ブラートの反応はシエンヌのものとは違い、何処か懐かしむ様なものだが・・・。


「ブラートさん?」

「ああ、そうだったな」

「・・・」

「マーテルとは、俺の母親の事だ」

「え・・・?ええっっっ⁈」

「ふっ」


 ブラートからさらりと告げられた事実に、俺は一瞬の間の後に、この場に似つかわしくない驚愕の反応を示してしまった。


「ブラート、アンタ本当に・・・」

「ふっ、まぁな」

「・・・」

「何か?」

「・・・何でも無いよ」


 ブラートと何事か、二人にしか分からないやり取りをした後に、俺をジッと観察する様に見て来たシエンヌ。

 俺は何という訳では無いが、どうにも居心地が悪くなってしまった。


「ふふ・・・」


 教祖の女は、そんな俺の様子が可笑しかったのか、思わずといった感じで笑い声を漏らした。


「・・・」

「ぁ・・・、ごめんなさい。機嫌を悪くなさいましたか?」

「別に、そんな事は無いけど・・・」

「そうですか?」


 どうやら、そんな反応を見せた教祖の女に、俺がどう反応して良いか分からずに無言になってしまうと、そんな様子を見ていた教祖の女は、俺の機嫌を損ねたと勘違いをし、天蓋には立ち上がり全身で謝罪をしている影が映っていた。


(何だ、この女?油断させるにしても妙な奴だなぁ)


 狙いが有るとすればそれ位だろうが、教祖という立場なのに、先程からの俺達に対する言葉遣い等をみると、地でこんな人間で有る可能性もあった。

 教祖の女は、俺が気にしていないと言った事に納得し、安心した様に席に戻った様だが・・・。


(俺が本心で答えていない可能性は考慮しないのか?)


 勿論、俺の本心はどうでもいいというものだったが、余りに単純な反応に、赤の他人で、然も敵である可能性が高い相手なのに、ついつい心配になってしまう。


「先ずは、本当に申し訳ありませんでした・・・」


 教祖の女が、必要無い事は伝えた筈なのに改めて謝罪をして来た為、俺は少し呆れそうになったが、謝罪には続きがあり・・・。


「エピースコプスの件は、完全に私の力不足です」

「力不足・・・」


 詰まっていた続きを絞り出し、自身を責める様な言葉を述べた教祖の女。

 それを受けシエンヌは、精気の抜けた様な眼で、教祖の女の言葉を、反芻するかの様に呟いていたのだった。

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