第527話


「シエンヌさん」

「・・・」


 呼び掛けてから気付いたが、こんな状態になって、俺の声が届く筈は無いだろう。

 そう思い、俺なんかより、ずっと深い関係のブラートへと視線を向けたが・・・。


「・・・」


 無言で眼だけを動かす様に首を振って来た。


(待とうって事か・・・)


 俺には日頃の強気なシエンヌとの落差から、此れを自身の力で解決出来るとは感じられないのだが、ブラートは信じているのだろう。


「『フォルトゥーナ』さん。大きくなりましたね?」

「・・・」

「エピースコプスに連れられて此処に来た時には、まだ、彼の膝にしがみ付いていたのに・・・」


 教祖の女がシエンヌの事をフォルトゥーナと呼ぶのが気になったが、多分シエンヌの本当の名なのだろう。

 最初に、アームから聞いた時の名は確か、シエンヌ=ヴォルールというものだったが・・・。


(裏の仕事を続けて来たシエンヌだし、真実の名を隠す事は全く不思議では無いしな)


 ただ、そうなるとシエンヌが此処に来た事があったのは本当に小さな子供の頃だったのだろう。


(あと、気になるのはシエンヌとエピースコプスという男の関係だが・・・)


「さっき言った・・・」

「はい?」

「さっき言った、力不足というのは本当の事ですか?」

「・・・ええ。事実です」

「貴女が其れを読み間違える筈は無いですよね?」

「どうでしょう?命を懸けて守られた結果が現在の状況です。この状況を、エピースコプスに見せるのは恥ずかしいですね」


 シエンヌは先程の教祖の女の発言が気になっているらしく問い返していたのだが・・・。


(此の世界最大の宗教の教祖なのだから相当な実力者である事は間違いないのだろうが、シエンヌの言う様に読み間違いのないというのは・・・)


 最近出会ったヴァダーは、龍の神と呼ばれる存在なのでまだ分かるが、そんな優れた予知能力を持つ人間が居るものなのか?


「では、父は・・・」

「・・・」

「母もです。死なずに済んだ未来が有ったのですか‼︎」

「・・・っ⁈」

「・・・私にその力が有れば」


 精気を失っていた双眸に其れが戻った代わりに、真紅の双眸に炎を宿し、反動で激しく激昂しているシエンヌ。

 そして、そのシエンヌにより、やっと判明したシエンヌとエピースコプスという男との関係だが、それよりも俺は、母も死んでいるという事実の方に驚きを覚えた。


(シエンヌの怒りを見るに、言っている事に嘘は無いのだろうが)


「そんなに自分を責めないでおくれよ?」

「アポーストル。いいのです」

「いや、貴女が良くても僕は我慢出来ないよ」

「・・・」

「そもそも、貴女が居なければ、今日という日は迎えられ無かったんだ。今日が来なければ、此のザブル・ジャーチで暮らす人々に未来なんて無いのだから」


 アポーストルの言っているのは、オーケアヌスから聞いた話と一致しているものだが・・・。


「あっ⁈」

「どうした、司?」

「い、い・・・、ぇ」

「・・・」


 天蓋の中、素顔をみせない教祖の女と、オーケアヌス、そしてラプラスとの話でも出て来た女。


「救世主ってのは・・・?」

「・・・」

「どうなんだ、アポーストル?」

「さあ?」


 俺の漏らした呟きを質問とは捉えなかったのか、無言で応える事をしなかった天蓋の中の女。

 然し、俺は湧き出て来る疑問の答えをどうしても得たくて、アポーストルへと疑問を投げ掛けたが、アポーストルは興味無さげな表情をみせている。


「救世主、世界を救う力など持たない私には、荷が重い呼び名ですね」

「じゃあ?」

「はい。そう呼ばれていたのは、事実です」

「・・・」


 アポーストルの様子に、自分で応えるしか無いと感じたのだろうか、教祖の女は絞り出す様な声で、自身が救世主であると認めて来たのだった。


(じゃあ、此奴が神と協力してヒトを作っていた女であり、チマーと並ぶ、創造主に匹敵する程の力を持つ存在)


 天蓋越しとはいえ、一切の圧力や威圧感を感じ無いが、本当にそれ程の力が有るのか?


「司・・・」

「何だ?」

「失礼だよ?」

「・・・俺の質問には答えれないが、俺には礼節を求めるのか?」

「・・・」

「・・・」


 つい先程、再会した時は以前と変わらない態度だったアポーストルだが、此処に来てから、特に救世主にして、教祖の女に対する態度に付いては、今迄にみせた事の無い様な、かなりピリピリした態度を取って来る。


「アポーストル、私は大丈夫だから」

「・・・」

「つか・・・、っ」

「ん?何か?」

「い、いえ・・・。すいません・・・」

「いや、大丈夫だ。俺も失礼した」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

「・・・」


 一瞬・・・。

 救世主の女が口にして止めた言葉。


(俺の事を知っている・・・。それも、情報としてというより・・・)


 俺は其れが自身の名である事を理解したが、不思議と冷静に何でも無いという態度が取れたのだった。

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