第525話


「・・・」


 天蓋に隠された素顔を確認しようと、双眸に魔力を注ぎ、眼を凝らしてみるが、何かに守られているかの様に何の効果も得られない。


(この空間自体に魔力を阻害するものが有るのか?いや、魔流脈に何の異変も無いな)


 俺は状況を確認する様に全身に魔力を流すと、身体が軽くなる感覚を得られ、双眸に流した魔力自体には問題が無い事を理解する。


(そうなると可能性は、アポーストルかあの天蓋の奥の人物が魔力や魔法で俺の視界を阻害しているか、あの天蓋が何らかのマジックアイテムかといったところだろうか)


 或いは、先程迄の不思議な感覚が俺に何らかの変化を齎した可能性を考えるが、一緒に居るブラートが此の異変に気付いている様で、視線を動かさずに周囲を観察している様子に、其の可能性は低いと理解出来た。


(先程迄は、ブラートが異変を感じていなかったし、やはりあの不思議な感覚の問題では無く、今この場の問題か、眼前の二人の仕業なのだろう)


「ふふ、司?」

「何だ?」

「そんな、不躾な視線は失礼だよ」


(此奴・・・)


 口元には笑みを貼り付けているが、分かり易く不機嫌な様子のアポーストル。


(そんなに、その奥の人物は重要で、お前に思われている訳か・・・)


 そんなアポーストルの様子に、俺は正直なところ少し嬉しくなるのだった。


(お前に、そんな人間らしい反応が出来るとはな・・・)


「どうかしたのかい?」

「さて・・・、な?」

「・・・」


 タメを作り、揶揄う様な返事をしてやると、これ又、珍しく無言になるアポーストル。


「どうでも良いが、俺達を態々、此処迄連れて来たんだ。良い加減、本人が名乗るか、お前が代わりに紹介するかしたらどうだ?」


 せっかくの機会と、俺は追い討ちをし、留めを刺しに掛かるが・・・。


「司・・・」

「そうでしたね」

「・・・っ⁈」

「これは、失礼しました」


 アポーストルが俺へと何やら文句を言おうとした瞬間。

 天蓋の中から聞こえて来た声に、俺は驚き身体が緊張で固まってしまう。


(女の声・・・?)


 俺はこの状況に、天蓋の中には勝手にかなりの重要人物が居るのだと思い、其れは男だと思っていたのだが・・・。

 天蓋の中から聞こえて来た声は、出会った事は無いが天使の様に優しく美しいもので、然し、不思議と・・・。


(此れは、良く知っている?最近?いや、もっと昔から・・・?)


 先程からの、不思議な感覚といい、此の声といい・・・。

 ただ、声にはシエンヌとブラートも驚きがあった様で、俺は少し安心した。


「そ、それで・・・、貴女は?」


 変な緊張感が生まれ、少し詰まりながら問い掛けた俺に・・・。


「くすっ」

「・・・ぅ」


 そんな俺に、天蓋の中の女は愉快な気持ちを抑えられない様に、可愛らしい声で笑った。


「先ずは、素顔を明かさぬ非礼をお許し下さい」

「い、いや・・・」


 素顔をみせない女は、天蓋の造りや、アポーストルが守る様に前に立っている様子からも、かなりの人物では有るのだろうが、意外な事に謝罪から入って来た。


「諸々の事情があり、私は此処より出て、皆さんの前に立つ事は許されないのです」

「・・・」

「怒ってらっしゃいますか?」

「いや。ただ、事情というのは?」

「それは・・・、すいません」

「・・・」


(形ばかりの謝罪はするが、事情の説明も、素顔を明かす事もしないってか)


 別に、それがどう不満という訳でも無いのだが、はっきりとしない状況に、少し苛立ちを覚えてしまう。


「それで、顔もみせれない、事情も説明出来ない。なら、貴女は結局何者なんだ?」

「・・・」

「・・・っ」

「ごめんなさい・・・」

「・・・」


 苛立ちを打つける様な俺の口調に、天蓋の中の女は、本当に沈み込んだ声色で謝罪して来て、俺はどうにもバツが悪い気持ちになる。


「そうですね。せめてそれ位は・・・」

「無理をなさらなくて、大丈夫ですよ?」

「良いのです。アポーストル」

「・・・」

「申し遅れました。私は此のヴィエーラ教団の教祖をしている者です」

「・・・え?」


 女とアポーストルとのやり取りを、心底どうでもいい様子で眺めていた俺に、女は信じられない内容を告げて来た。


「以後、お見知り置きを」

「ほ、本当に?」

「はい」

「・・・」


 信じられないというよりは、ただただ其れを受け入れて、噛み砕く事が出来ず、条件反射的に聞き返した俺に、ヴィエーラ教の教祖を名乗る女が、実に可憐な声で肯定して来た。


「ブ・・・、っ⁈」


 俺はとにかく落ち着く為に、共にいたブラートに話掛け様と隣を向くと、其処には・・・。


「ブラートさん?シエンヌさん?・・・何故?」

「・・・」

「・・・」


 教祖を名乗った女へと向かい、膝を床へと突き、深く頭を下げたブラートとシエンヌがいたのだった。

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